リレーコラムについて

石井裕也監督の映画の話:2

後藤国弘

さて、コピーライターであれば、大好きな映画監督から台本が送られてきたら「どんなコピーを書こうか」と考えながら、それを楽しみに読ませてもらいますよね。と思っていたら、石井裕也監督の『生きちゃった』という映画では、コピーではなく出演の依頼だったという昨日のお話のつづきです。

2019年の秋のこと。石井裕也監督のオリジナル脚本による新作映画『生きちゃった』の1シーンに出演することになり、迎えた撮影当日。とあるスーパーマーケットの事務所で、いじわるな店長役の僕とパート店員役の大島優子さんが向き合う場面。石井監督のリアルなダメ出しと演技指導と、大島さんの女優としてのスゴさに追いつめられながら、さらにこの日は大島さんのクランクアップの日だったのです。クランクアップの日というのは、よく見る「このシーンで◯◯◯◯さんオールクランクアップになります。お疲れさまでしたー!」とスタッフみんなの拍手に包まれながら花束をもらい、俳優さんが感動的な挨拶をするあれです。とても大事な日なのに、自分の演技のダメさで皆さんに迷惑を掛けるわけにはいきません。そんな気持ちが、ますます僕の演技を萎縮させていきます。

何テイク目だったでしょうか。僕は無意識に貧乏ゆすりをしながら、台詞を発していました。石井監督に「後藤さん、今の貧乏ゆすり、いじわるな感じが自然に出ていてよかったです。もう1回、貧乏ゆすりをしながらお願いします。」と初めて演技を認められ、貧乏ゆすりをしながらの台詞に挑みます。すると今度は「後藤さん、意識が全部貧乏ゆすりに向いていて、言葉に感情が入っていません!」とダメ出しが。知っている顔である助監督の苦笑いも、ますます僕を追いつめます。考えすぎて、考えられなくなって、どうにかOKをもらうことができました。何度でも言いますが、大島優子さん。本当にスゴい女優さんです。

その後の大島さんのクランクアップのシーンを僕は見ることなく、というか、その場に僕が立ち会ってはいけないような気がして、撮影現場を後にしました。乗り換え駅だった浅草の地下にあった古い鉄板焼き屋さんのカウンターに一人で座り、自分で自分に「お疲れさま」と言ってあげて飲んだビールの味は忘れられません。映画『生きちゃった』は2020年の10月に公開され、いろいろな人に観ていただけて、僕の演技はともかく映画そのものをほめてもらえたことが嬉しかったです。(現在は、NETFLIXなどでも観ていただけます。)劇場用パンフレットの中の撮影日誌に、石井監督はこう書いてくれていました。「スーパーマーケットのシーンでは、以前CMを撮った際に親しくなったクリエイティブ・ディレクターの後藤国弘さんに出演してもらった。カタギではない素人は、やはり絶妙で最高に面白かった。映画が小さく動揺し、震えるのだ。」恐縮です。ちなみに石井監督の映画は、この後にも『茜色に焼かれる』と『アジアの天使』というどちらも大好きな新作2本が公開されているのですが、そこに僕が呼ばれることはありませんでした笑。

コピーライターのためになるお話では全くありませんでしたが、僕がコピーライターだったからこそ石井裕也監督と出会い、こんな体験もしたのだということで、どうかお許しください。明日からは、今年の秋に亡くなられた大好きだったマジシャン、ナポレオンズのパルト小石こと小石至誠さんとのお話を書かせていただこうと思います。

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