リレーコラムについて

点P(0,0)

戸澤 麻里子

Google mapsが好きだ。自分が点Pになる感覚がいい。現在位置を(0,0)と置く。歩くだけでも楽しいが、移動速度を上げると、もっと点になれる。

オフィスが芝浦なので品川駅が近かった。会社を出た荷物のまま、任意の新幹線に乗る。Google mapsを開く。都内会社員がただの点Pになる。速度が上がる。地図上の点は猛スピード(285-300km/h)で東京を遠ざかる。はい、私、今、 逃げてます!と思う。(あとでコンビニでパンツだけ買わな…とも思う。)冷静になれば、シベリア急行でも深夜特急でもない、慣れ親しんだ東海道新幹線。それでも、大都市を過ぎるにつれ乗客が減っていく車内に流れるアナウンスや、日暮れた終着駅の寂しさは、充分にロンリープラネットだった。

点Pには名前もしがらみもない。どこにでも飛び込んでいける。airbnbは ”Don’t go there. Live there.” と旅を定義づけたけれど、float there. とかに近い気がする。適当に選んだ町の夜を、ふらふらと移動する。知らないにおいがする。いつも聴いている曲の聴こえ方が変わる。建物の構造がちょっと違うな!と思う。個人経営のビジネスホテルはどこもかしこも様子がおかしい。猫が追いかけてくる。酔っ払いが奢ってくれる。三杯くらい飲んで、偽名を伝えて別れる。裏路地を曲がるたび不意に、うわ~、めちゃくちゃひとりだな、という感覚が襲ってくる。「めちゃくちゃひとり!」30年ちょっと生きてて、これ以上の快感を知らない。

そんな風にして、いつも休みを過ごしていた。ときには飛行機でさらに速い点Pにもなることもあった。尾道の山頂でなぜかタイを貫いていたホテルビュウセイザンは、今日も営業しているだろうか。高松のホットサンド屋では、中高生がデートしているのだろうか。「お前の国とは国旗が似てるから」だけの理由で毎晩豆をご馳走してくれたロンドン在住のバングラデシュ人は元気だろうか。タイの、仙台の、佐渡の、ロスの、種子島の、ミャンマーの、きっと二度と会わない人たちとの、ぼんやりとした思い出は尽きない。

思うように地球を歩けなくなった「地球の歩き方」が、石像特集を出していたので買った。目的のない移動はもうしばらく、贅沢のままだろう。今日も定位置(0,0)で仕事をしている。びっくりするくらい同じ座標軸の中で生きている。1日も早く点Pになりたい。この世界のどこか、任意の地点で。

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