リレーコラムについて

旅・その1「逆の視点」

細川直哉

アラビアンナイト。
そう僕らが聞いて想像する世界がそのまま残っている街がある。
イエメン、サナア旧市街。現存する世界最古の街。
茶色いレンガと白い漆喰でできた建物が何層にも積み重なり、
窓という窓に色とりどりのステンドグラスが入っている。
まるでチョコレートケーキに白いクリームとカラフルな果物をトッピングしたような
可愛らしい建物がくしゅくしゅっと寄り集まってできた街。

迷路のようなスークに一歩足を踏み入れれば、
スパイスの香りとカート(葉を噛むと覚醒効果がある)を噛む男たちの体臭と笑い声が飛び交い、アフリカからの出稼ぎ女性が全身を包んだ鮮やかな色彩の布の影から妖しい目線を投げてくる。
店先からはカセットテープと思しき丸くなって聞き取りにくい音質のアラブ音楽が、羊やら山羊やらを煮込んだうまそうな香りとともに流れてくる。
男たちはみな、白いアラブ衣装にジャンビアと呼ばれる半月刀を腰にさしている・・・。

僕がイエメンに旅したのは20年前。アラブの春のはるか前だ。
僕は、サナアから東に150km、ルブアルハリ砂漠の真ん中に「放置」された、かつてシバの女王が治めていたと言われる王国の幻の都マアリブ遺跡に行こうとしていた。

サナアのホテルのフロントで
「マアリブに行きたいんだが、ツアーを紹介してくれないか?」と掛け合ったのだが、「無理、無理。諦めろ。」とけんもほろろに断られた。
誰に聞いても、無理の一点張り。
はるばる3回もエミレーツを乗り継いでここまで来たのに諦められるか!とまくし立てたところ、
「そんなに行きたいなら、私が連れてってあげよう」と一人の太ったおじさんが優しい言葉をかけてくれた。
ありがとう!・・・でも、待てよ、そんなこと言って、アラブあるあるの行けるかどうかは神のみぞ知る(インシャアッラー)。結局、明日になってみたら嘘だった、ってことになるんじゃないか?
と思ってたら、翌朝ちゃんとホテルの前に白いランドクルーザーとその太ったおじさん=アフダリックさんが立っているではないか。おお!シュクラン!なんていい人なんだ。と感激した。

のも、つかの間「はい、これアナタのね。」と彼がカラシニコフ銃を差し出すではないか。

「撃たれたら撃つ。自分の身は自分で守る。オーケー?」

え・・・?戸惑っていると、
「ははん、男のくせに銃も撃ったことないのか?練習するか?笑」と笑われた。
サバゲーのエアガンとわけが違う。これ戦争用の実弾じゃないか。
イエメンでは銃を扱えない=まだまだ子供、が常識なんだと知った。
そんなことで、助手席の下にカラシニコフを隠し、後部座席にはイエメン国軍の兵士2名が乗って(もちろん僕の護衛で)、僕はまだ混乱したままの頭を抱えてルブアルハリ砂漠のかなたマアリブに旅立ったのだった涙。

そもそもなぜ、銃が必要なのか?
道すがら聞いたところ、銃なんて男なら誰しもが持つ身だしなみみたいなもんだ(実際、彼らは興奮すると空に向かって楽しそうに銃をパンパンぶっ放す)。
イエメンは内戦が終わって少ししかたっていないから、各地にはゲリラや過激派が多く活動している。
日本人旅行者(僕)がサナアの空港に降り立ったことも、マアリブに行こうとしていることも
町中の噂になっている(僕がホテルで大騒ぎしたせいだ)。
ゲリラにとって君はビジネスになる(人質にとるってことですね)から、
この車が狙われていてもおかしくない。
だから、撃たれた時はとにかくみんなで撃ちまくって全速力で逃げるぞ、と。

引き返しましょう!

なんて、もはや言えない砂漠のど真ん中まで走って来てしまっている・・・。
銃を撃ったことがない時点で子供扱いされているのに、ビビって引き返したらそれこそ日本男児の名が廃る!と自分を奮いたたせてはみたものの、これを撃つときは、俺、ゼッタイ死ぬぞ、と本気でちびりそうだった。

正直、マアリブ遺跡は半分砂に埋まっていて、あまり印象に残っていない。

というか、その道中でイエメンの男たちが語った「命」への向き合い方が異質すぎて、あまり覚えていない。
結局、銃を撃つことなく無事にサナアに帰り着いた僕らは、命があることを喜び、お互いジャンビアをチャリンチャリンぶつけ合いながら(本物の刃物だ)輪になって踊りあかした。
酒も飲んでないのに笑いがとめどなくこみあがって来て止まらなかったのを覚えている。

イエメンの素晴らしいところを見てもらいたいという一心で、初めて会った日本人のために撃たれるかもしれないリスクを承知でクルマを出すという度量(彼らからしたら想定内、僕からしたら問題外)。
長い内戦を生き残る間に、「明日なんか来ないかもしれない」生活が日常になってしまったことで、その日その日を思いっきり生き抜くことが当たり前になった人生観(彼らからしたら常識、僕からしたら衝撃)。
唯一石油が出ない貧しいアラブであるイエメンでは、食っていくために喜んで3食保証されるゲリラに志願する少年たちがたくさんいることも知った。(銃ひとつでイスラムを守るために巨大国家アメリカに立ち向かう男はかっこいいヒーローだと思い込まされてしまうのだ)

9・11以降、アメリカからテロリスト国家と名指しされ、そういう目で先進国から見られているイエメンだけれど、彼らは自分の故郷で勝手に代理戦争をしている外国(アメリカとイラン)からせめて自分の家族を守ろうと仕方なく銃をとってるだけにすぎない。
彼らと共に歌い、踊り、手づかみで同じ飯を食った僕としては、彼らほど純粋で陽気で気っ風のいい人々はいないのだ。

彼らのことを思い出すたび、普段の僕らがいかに一方的な先進国側の視座で固まっていることか、と気づかされる。

「世界を逆から見てみる」。

広告でもコンテンツでも「これは!」というアイデアを思いついた時、待てよ、独りよがりになってないか?これってちゃんと誰かを幸せにしてるだろうか?一生の思い出にしてもらえるだろうか?と、あえて逆の視点から問い直すことにしている。
その時いつも思い浮かぶのは、ジャンビアを振り回しガハハ!と笑いながら、まるで「そんなんでいいのか?」と肩を叩くアフダリックさんの陽気な笑顔なのだ。

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