富士登山
2013年7月。
僕は、生まれたての子鹿のような足で富士山を登っていた。
電通の名物とも言われている富士登山研修。
今は任意参加となっているが、あの頃は全員参加だった。
全新入社員、約300人以上で一斉に登りはじめる。
しかもなぜか順位がつけられていた。
僕は、いつものようにトレーナーの福井さんに尋ねる。
「富士登山があるんですけど、なんかコツとかありますか。」
当時は、仕事のことから、歯の詰め物の素材のことまで、
すべての相談を福井さんにしていた。
福井さんは、どんな質問をしても、
ずっと前からそのことを考えていたかのように答えてくれる。
すごく驚いていると、
いろんな事について、自分なりの考え方を持つことが
コピーライターにとって大切なんだよ。と教えてくれた。
福井さんが教えてくれた富士登山のコツは、
「絶対に急がない。でも、絶対に止まらない。」
ゆっくりと歩きながら、
徐々に酸素濃度を体に慣らしていくことが大事らしい。
登山当日、スタートと同時に、
スポーツに自信のある同期たちが走りだす。
僕は、焦る気持ちを抑えて、ゆっくりと歩きはじめた。
どんどん小さくなり、見えなくなる同期たち。
焦らない、焦らない。ゆっくり、ゆっくり。
絶対に歩き続けられそうなスピードで進む。
すると、7合目あたりから様子が変わってきた。
座り込んでいる同期や、疲れ果てて、立ち止まっている同期。
休憩所でカップラーメンを食べている同期。
僕は、そんな同期たちをゆっくりと抜かしていった。
こんなにゆっくりなごぼう抜きが、この世界にあったんだ。
というぐらい、ゆっくりと。
それでも、山頂付近は本当に辛かった。
足が思ったように動かないのだ。
止まりたい。少しだけ足を休めたい。
でも、なぜか止まれなかった。
ここまで歩いてきたのに、止まったら全て台無しになる。
そんな気がしたのだ。
少しずつ、山頂に向かって足を動かし続ける。
結果は21位だった。
自分にとっては思ってもみない快挙だった。
仕事がうまくいかないとき。
同世代のプランナーや、後輩のプランナーが、大活躍している姿をみたとき。
ときどき焦る気持ちになる。
その度に、この日のことを思い出す。
「走らずにゆっくり歩く。でも、絶対に止まらない。」
そして、もう一度、目の前の一つひとつの仕事に集中する。
少しでもいい企画になるように、
少しでもいい広告がつくれるように、
手を、頭を、動かし続ければいい。
ゆっくり、ゆっくり、
山頂までは、まだまだ長い道が続いている。
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トレーナー最終日のこと。
研修に使うノートの最後のページにある「トレーナーからの一言」という欄に、
福井さんがコメントを書いてくれた。
「いい広告ってなんだろう。ということを考え続けること。」
僕は、その言葉をずっと大切にしながら、
12年経った今も広告を作り続けています。
今日もコラムを読んでいただきありがとうございました。
もう金曜日になってしまったのですが、せっかくなので、
週末にもう一本だけ書いてから、
次の方にバトンを渡したいと思います。
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