リレーコラムについて

何度目かの春

山根哲也

会社の後輩のアサムラさんに声をかけられた。

リレーコラム読んでますよ!
タイトルって、カウントダウンしていくんですよね?
一度目の次はどうするんですか?マイナス?

といったような質問を投げかけられた。
何も考えてなかった!とだけ、答えておいた。
「○度目」というタイトルで始めた、月曜日の自分に言いたい。
見切り発車がすぎるぞ、と。

この春、新人のコピーライターが入社した。

イノウエさん、ミナカワさん。2人とも新卒だ。
4月1日には事務的な手続きもあり、出社してもらった。
といっても、緊急事態宣言が出るか出ないかの真っ只中。
翌日からは、即リモートワークになった。
週一、二のペースで課題、業務の進捗や
近況報告をかねたテレカンを行った。
ぎこちなさを漂わせながら、ちょっとずつ距離感を確かめながら、
お互いにあれこれ模索しながらの日々だった。

当たり前だが、自分にも新人だった頃があった。

京都から上京し、一人暮らしそのものが初めてだった。
東京では、なんとなく東側に住もうと考えていた。
谷根千あたりは、探しても探しても、いい物件が空いていない。
門前仲町の不動産屋では、希望の家賃を伝えると鼻で笑われた。
困り果てた末に、上野の不動産屋に辿りついた。
えらく愛想のいい男性社員に希望条件を伝えた。

「でしたら、オススメは三ノ輪ですね!
職場の銀座まで日比谷線で一本ですし、最近人気のエリアなんですよ。
若い方も結構住んでいて、OLさんにも大人気なんです!」

勧められるままに内見もした。
部屋は小ざっぱりとしたワンルームで悪くない。
家賃も安い。その場で即決した。

そして、春になった。いざ住んでみると、
よく見かけたのは、ヤンキーと老人と、そしてヤンキーだった。

ただ、桜はきれいだった。
駅に向かう道路は、並木道になっていて、
それがすべて淡いピンクに染まっていた。
終電で帰り、人気のない夜道を何往復もしながら、
翌日提出のコピーを考えることもあった。
家に帰ると、ベッドの誘惑に負けてしまうのもあったが、
それよりも不安で不安でしょうがなかったからだと思う。
コピーライターとしてやっていけるのか、どうか。
体を動かすことで、気を紛らわしていた。
考える、書き留める、歩くを繰り返した。
真夜中。時々、街灯に照らされる桜をぼうっと見上げる姿は、
どう考えても不審者に映っていたに違いない。

家と家とが身を寄せ合うような下町だった。
夕方になると、食卓の匂いが漂う。
少し離れたところから、路面電車のチンチンという鐘が聞こえる。
日曜日の空気が、気持ちよかった。
家の周りに銭湯が3軒もあって、週ごとに変えた。
だんだんと、僕は、三ノ輪が好きになった。

景色も、人も、ましてや働くことも。
いろんな初めてが重なる季節だからだろうか。春の記憶は、濃い。
思えば、人生の3分の2くらいを東京で過ごしている。
何度目かの春を迎えても、僕はたった一度のあの春を思いだす。

新人のコピーライターの子たちは、
というか、この春、新社会人となった人たちは、
入社早々に大変な日々だったと思う。
ただそれは、ぽっかりと空いた時間ではない。

リモートで慣れないながら働いたことも、
夜寝る前に言い知れない不安に駆られたことも、
Zoom越しのぎこちない距離感さえも。
いつか、ふと思いだす春になってほしいなと思う。

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