リレーコラムについて

今宵は、ビールにいたしましょう。

春日井智子

ビールがいちばん美味しいシチュエーション決定戦。

そんな大会がもし、行われたとしたら。世界は大戦争になってしまうのではないか。

 

まだ肌寒い春の日。ビニールシートの上で、めいめいつまみを持ち寄って桜を見上げながら、

「人、多いね。」なんて言いながら、ぷしゅりと缶を開ける時。

 

火起こし係が頑張って炭に火をつけ、もくもくと煙をあげながら肉が焼かれる中、

川の中に無造作に突っ込んであった、きんきんに冷やされたビールをみんなに配る時。

 

浴衣を着てはしゃぐ女子たちと、ドギマギしながら連れ立って歩く男子たちを尻目に、

安い焼きそばと唐揚げを片手に、いちばん花火が見える場所へと向かいながら飲む時。

 

フェス会場に到着しまだなにも疲れていないのに、「とりあえず今年も着いたことにお疲れ様。」と乾杯する時。

海外のビーチで、今日の予定も明日の予定もまっさらで、でもとりあえず開ける、薄いビールのボトルを口に運ぶ時。

 

久しぶりに地元の仲間と集まり、結局またいつもの話で盛り上がり、

「うちら変わんないね」か「うちらも大人になったね」の2択のオチにしかならない話を延々と繰り返しながら、

テーブルの上に増えていく空の瓶ビールを眺める時。

 

ビールがあれば、どんな瞬間もたちまち特別な時間に変わってしまう。

その黄金色でほろ苦く、喉をするりと通っていく飲み物をからだに入れたら最後、

その空間は、その時間は、全部おいしい「つまみ」へと姿を変えるのだ。

 

 

 

さて。

 

2016年、11月。TBWA\HAKUHODOに入社した時。

まだまだひよっこコピーライターの私に、1年の期間限定でトレーナーがついた。

「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」

ぐさりとくるコピーと、涙を流す赤鬼のイラストの新聞広告他で、

TCC最高新人賞を獲得した山崎さん。通称「ザキさん」。

彼からコピーの全てを教わったと言っても、過言ではない。

 

「誰もが知ってることを綺麗な言葉で書いても意味ないよ。」

「これ、ほんとうにこう思うのかな?コピーライターの都合のいいでっちあげじゃない?」

「事実に裏付けされているコピーは強い。」

「共通認識を、ハッとする単語で言い換えられたら勝ち。」

 

私のダメなコピーを、なぜそれがダメなのか、なぜ響かないのかを

ザキさんは一つひとつ丁寧に教えてくださった。

きっと彼の仕事は、私が下についたことにより、2倍にも3倍にも膨れ上がっていたにちがいない。

それでも彼は、来る日も来る日も私のコピーを見続けてくれた。

 

「かすがいーーーーーー」

フロアに響き渡る大きな声で、そんな遠くから言わなくてのいいのに、ザキさんは毎日私を呼んだ。

「さ、コピー見るぞ。」

「はい!」

負けじと私は大きな声で返事をし、いそいそとコピーを書いた紙の束を胸に抱え、小走りで向かうのだった。

 

 

ザキさんはとにかく滑舌が悪い。(ごめんなさい)

打ち合わせで勢いよくしゃべっている時、時々周りが、「えっ、今なんて言った?」となる時が多々あった。

でもいつしか私は完璧に理解できるようになり、そんな時は通訳のように「ザキさん語」を代弁するのだった。

 

そして、ザキさんは驚異的に字が下手だ。

彼の理論によると、「頭の回転が早い人は、手が思考についていかないので自然と字がこうなる!」らしいのだが。

でもいつしか私はそのミミズが紙の上で大運動会をしているような、

素晴らしい「ザキさんフォント」を完璧に解読できるようになった。

だんだんザキさんもそれに甘んじて、メモを私に渡すと、「春日井なら読めるっしょ!」などとおっしゃるようになった。

 

そんなザキさんとの毎日、私の大好きな時間があった。

深夜作業をし、会社で最後の2人となり帰る時。夜遅くまでの編集が終わった時。

「ラーメン食べて帰るかあ。」

いつも2人で行く、中華料理屋でご飯を食べて帰ることがたまにあった。

そこで食べるメニューはいつも同じだ。

餃子1枚、ラーメン1杯。そして瓶ビール。

ザキさんはお酒はあまり飲まない人だ。

それなのにいつも一緒にそこの店に行くと、決まって一緒にビールを1本、飲んでくれるのだった。

 

店の回転が早いため、完全に乾ききっておらず水滴がまだ残る小さなグラスが、バンと机に2つ置かれる。

「お疲れ様でした。」カチリとグラスを交わすと、ザキさんは決まって聞いてくれた。

「春日井、最近、仕事楽しい?」

 

 

彼にとって、私は落第生の弟子であったと思う。

コピーは上手くないし、可愛げのない、愛想の良くない女子。

ハズレくじが回ってきた、と思ったかもしれない。

それなのに、私が仕事を心地よくできているかまでを気遣ってくれるのだった。

 

 

その店では決して長居はしない。

小さなお子さんがいるザキさんは、本当は一刻も早く帰らなければいけない。

睡眠時間も、相当少なかったと思う。

貴重な時間をいただいてすみません。

そういつも心の中で思いながら過ごす、でもすごく楽しくて嬉しい、ささやかな時間だった。

そしてそこで飲むビールは、本当に、本当に美味しい1本だった。

 

 

 

それからちょうど1年。2017年の11月。

ザキさんは出向で来ていたため、博報堂に帰って行った。

ザキさんの送別会。花束を渡す役を、私が幸運にも司ることになった。

前に立つザキさんが最後の言葉を言いだしてから、私はずっと泣いていた。

花束を受け取るザキさんも、泣いていた。

それから私はというと、2軒目でシャンパンを瓶から大量に一気飲みをして、その後の記憶はない。

 

 

 

ザキさんとのトレーニー期間が終わってから、私はその中華屋に行っていない。

そして、私はビールはもう長いこと飲んでいない。

 

でも。きっと。

一緒にご飯でも食べるかということになったら。

きっとあの店で、私はいの一番に瓶ビールを頼むだろう。

そしてその言葉を待つのだ。

 

 

 

「春日井、最近、仕事楽しい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本人の許可なく書いてしまいました。

ああどうしよう、怒られたら・・・謝っておきます。ザキさんすみません。

急にこの投稿が消えたら、どうかお察しください。

本当は5投稿せねばならぬのに、まだ2つ目・・・

来週の月曜日まで、まだ少しお付き合いください。

 

 

 

 

 

 

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