リレーコラムについて

二度目の初恋

山根哲也

人生で初めて、コピーを書いたのは入社試験だった。
ライトパブリシティでは、
2次選考にクリエイティブ試験がある。
2005年、僕が受けた当時は、コピーを書いたり、
CMの企画を考えたりと多岐にわたる問題があった。

第1問は、キャッチフレーズを書くもの。
いくつかのお題が用意されており、その中から
自分で好きなものを1つ選ぶ。
それに沿ってコピーを書いていく。
お題は5、6個あったと思うが、まったく覚えていない。
ひとつのお題が、あまりにも強烈だったからだ。

Q. 石田純一の「不倫は文化だ」を超える、
不倫を推奨するコピーを書きなさい。

今だったら、炎上案件だ。
むしろ燃やしてくれ、と言っている。
選考に落ちた就活生が、腹いせにつぶやきまくり、
燃えに燃えて、ヤフトピに連なる様子が目に浮かぶ。
というか、当時ですらセーフなのか分からない。
(ちなみに出題者は、後に頼れる先輩となる
エキセントリックな女性コピーライターでした…)

ただ、当時の僕は「面白いなぁ」と思った。
それ以外のお題には目もくれず、制限時間いっぱい、うんうんと悩み、
配られていた原稿用紙にコピーを書き散らかしていった。
出題が出題なら、回答も回答。僕は、こんなコピーを書いた。

A. 二度目の初恋を、不倫という。

その後、なんとか選考をかいくぐっていき、
僕は、最終選考を迎えた。秋山さんとの面談だった。

ライトの社長室。沈黙、沈黙、そして、沈黙。
目の前にいる秋山さんは、手もとに目を落とし、
僕のクリエイティブ試験の解答を眺めていた。
すぐ横には緊張した面持ちのベテランコピーライターたちが座っていた。
その姿を見ていたら、もっと緊張して吐きそうになった。

秋山さんの手が、あるページで止まる。
それは、先ほどの不倫推奨コピーだった。
うんうん、と頷く様子から
さ、刺さっていらっしゃるんですか!?と高ぶった。
すると突然、秋山さんが口を開いた。

「こんなモラルのない問題はダメだろう!
いつも言ってるでしょう、広告はモラルなんですよ!!」

急に出題そのものに、怒りだした(いや、ごもっともです)。
横にいる先輩コピーライターたちは、「す、すいません」と平身低頭だった。
なぜか、僕も「す、すいません」と謝っていた。

その後のやりとりは、あまり記憶にない。
なんとなく覚えているのは、最近見た映画を聞かれ、
ジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』と答えたら、
「ゆるいなぁ!」と言われたことくらいだ。

だんだんと話題も少なくなっていき、
会話と会話のあいだの距離が長くなっていく。
そろそろ終わりかな?と考えていると、
秋山さんが肩の力を抜いたように言った。

「まぁ、春からよろしくお願いしますよ」

……………!?すっかりフリーズしてしまった僕は、
結構な時間差で「あ、ありがとうございます!泣きそうです!!」
そう答えるので一杯一杯だった。

秋山さんはすっと立ち上がり、
「泣かれても困るから、スタジオ行ってくるわ」
というダンディな言葉を残して、部屋を去っていった。

あれから、15回目の春になった。
不倫は、文化どころじゃなくなった。
相変わらず、入社試験で原稿用紙に向かった時のように、
コピーにもならないコピーを書き散らかしている。
ほんとに難しい。でも、だから面白い。

秋山さんにとって、あのコピーが
○だったのか×だったのかは、まだ聞けていない。

NO
年月日
名前
5774 2024.10.09 飯田麻友 最後の晩餐
5773 2024.10.08 飯田麻友 「簡単じゃないから、宿題にさせて」
5772 2024.10.04 高崎卓馬 名前のない感情
5771 2024.10.03 高崎卓馬 母のひとりごと
5770 2024.10.02 高崎卓馬 批評と愛
  • 年  月から   年  月まで