リレーコラムについて

ロマン・技術・執着心

戸澤 麻里子

誰かを動かすために、ロマンがいる。
ロマンを叶えるために、技術がいる。
技術を身につけるために、執着心がいる。

(どうにか自分で考えたことにしたいのだけど)
死ぬほどやる気にムラのある
不出来なトレーニーを見るに見かねて、
最初の上司だった井口雄大さんが下さった言葉です。

執着心。何かを成し遂げるために必須の熱。
あなたには執着心が、足りないのではないか。
そのことを指摘されたのは、実は二度目だった。

父はとにかくよく食べる人だった。
わんぱくな食生活を反映して、自然の摂理で早めに死んだ。
もう10年前の夏になる。

全貌が判明したときには余命わずかで、
本人には多くを伝えないことに決めた。
入院生活は、病のえげつない進行速度とは裏腹に
一見すると平坦。何なら明るかったようにさえ思う。
※個室をいいことにケンタッキーをむさぼる写真が残っている

病室で二人きりになるタイミングがあり、
当時間近に控えていた就活の話題になった。
「なにがなんでもトイレが綺麗な職場を選べ」
くらい適当な内容だったので、大半を聞き流した。
でもその日は途中から少し、声色が違っていた。

お前はとにかく執着心が薄いから、
大切な人をたくさん作りなさい。
その人たちのために、ない知恵を絞りなさい。

あ これは、遺言だな と思った。
繰り返すが、父は自分の病状を把握していないはずだ。
それでも、遺言だな とわかった。
時が止まる瞬間というのは本当にあるもので、
日差しで波打つカーテンのうねりまで鮮明に覚えている。

数週間を待たずして、父はあっさり亡くなった。
靴下を履かせた足首は冷たくもふくよかで、
最後まであんまり痩せなくてよかったね、と思った。

葬式だの四十九日だのでてんやわんやした後、
多分まったく望まれてなかったであろう仕事に就いた。
Bizタワーのトイレは綺麗だから許してほしい。

営業志望で、コピーライター修行のすべてが苦痛だった。
微笑めば一瞬で伝わることを、なんでわざわざ
回りくどく書かなきゃいけないんだろう…って本気で悩んでいた。
井口さんにはずっと「腰掛けコピーライター」と呼ばれていた。
腰掛けたつもりが、9年目になってしまった。

技術が身についたかと言われれば、なんというか、お察しである。
執着心はどうかと聞かれたら、夜な夜なlinkedinを覗いてしまう。
ただ、大切な人だけは、たくさん出来た。

この仕事は合法的な出会い系に近い。
肩書きひとつあるだけで、相手の大事なものを託される。
そのものについて、知恵を絞るチャンスを与えられる。
うまくすれば、そこから変わる景色を一緒に見られたりする。
つまり、自分の執着はさておき、誰かの執着心に懸けることができる。
そんな風にできた接点で、人生はずいぶん色づいた。

お前はとにかく執着心が薄いから、
大切な人をたくさん作りなさい。
その人たちのために、ない知恵を絞りなさい。

親の言葉は、呪いだと思う。
無視したつもりでも、知らずにその上を歩いている。
ああ 今日もどうにか考えなきゃ、と思うのだ。
お礼をいう術はないままに、私もこの秋、親になる。

 

 

虚空に泥団子を投げつづけるような一週間でしたが、
「叶姉妹のファビュラスワールド」を聴くことで乗り切れました。
読んでくださった方、雨海さんしか思い当たりませんけど、
ありがとうございました。

来週は博報堂の安達岳さんにおつなぎします。
勝手な印象は、きれいな野心の持ち主。
よろしくお願いします。

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