リレーコラムについて

パンを売れ。

田中大地

はじめまして。

クリエイティブディレクターをやってます、田中大地と申します。

 

じつはずっと、TCCさんとは距離をとって生きてきました。

 

部下には新人賞出せ出せゆーくせに、

自分自身は広告賞全般から、なるべく離れてきました。

 

というのも、ぼくの師匠がそういうタイプでして。

もろに影響を受けてまして。

 

小霜和也さんという人なんですけども。

 

超偉大なクリエイティブディレクターであり、

キレキレの戦略家であり、

マスとデジタルをつなぐヨーダであり、

なにより生粋のコピーライターだった小霜さん。

 

彼と出会う前のぼくは、まるで違う人生を送ってました。

20代後半までSP会社の営業兼プロデューサーとして、

ひたすら車のカタログを作ってました。

何週間も泊まりがけで秘密スタジオの管理人さんみたいなことやったり、

誤字るとめちゃ損失が出てしまうんで、ずっと文字校してました。ずっと。

 

でもそんな非クリエイティブな生活を送る中で、

「CMを作ってみたい!」って夢がムクムクと芽生えてきて。

 

藁にもすがるように通ったコピーライター養成講座で、

頑張ったご褒美?的な感じでしょうか。運営さんがご好意で

敬愛する眞木準さんの事務所を紹介してくれたのですが・・・

眞木さんに、今思えばとても失礼な発言をしてしまい、ご破談に。

(その話はここで書くのはやめておきます泣)

 

そんなこんなで、あーなんかこの夢は叶わないのかなーと

途方に暮れていた未経験ど素人27歳な僕の作品集を

なぜかえらく気に入ってくれて、

コピーライターとして採用してくれたのが小霜さんでした。

まさに神。人生を変えてくれたゴッド。

 

それから神の事務所で働いたのは、正味2年弱。

365日、朝昼晩、怒涛の愛のムチをくらい続けた後、

色々あって外資の広告代理店に移り、今年で10年がたちました。

 

その間に小霜さんとは、年に1回、会うか会わないかの間柄になってしまい…

「コロナが落ち着いたら ぜひメシに!」なんて言ってるうちに、

昨年、壮絶なクリエイター人生を生き抜いた小霜さんは、

その命を最後まで使い切って亡くなってしまいました。

 

亡くなる数時間前まで会議していたと聞いています。

まじ、カッコ良すぎる人でした。

 

思えば彼の元を巣立ってからは、ただただ、

彼の教えを忠実に守ることで、今日までメシを食えてきました。

多くのクライアントさんに恵まれ、幸福な関係を築けてきました。

 

そこでですね。

 

人生を変えてくれた小霜さんへの感謝を込めて、

彼との思い出というか、彼からもらった教訓/金言を、

今週のぼくのコラムの主題にしようと思います。

 

 

ということで、

第1回の目のタイトルは、「パンを売れ。」です。

(え!?まだ本題に入ってなかったの!?)

 

 

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(トイレ休憩)

———————————

 

 

えっと、それでですね。

 

「パンを売れ」って話なんですけども。

 

ぼくが小霜さんの下についた最初の半年くらいは、

書けども書けども全然ヒットが打てなくて、悩みに悩んでいました。

ぶっちゃけ小霜さんも、どう指導していいか困ってたと思います。

 

なにせ小霜さんは、生まれついての天才。

博報堂で新卒コピーライターに配属されたその月から、

安藤輝彦さんが唸るコピーを書けていたと聞いています。まじ神。

 

そんな天才からすると、凡才が何で悩んでいるか、

ちっともわかんないんですよ。長嶋茂雄なわけですよ。

 

今にして思えば当時のぼくは、コピーを書く以前に

コピーを書くためのスタンスがうまく取れてなくて。

根っこの土台から、グラついてたんですよね。

てんでデタラメなフォームでバットを振っていたというか。

 

そんなぼくのコピーを書くフォームが一発で矯正されたのが

小霜さんの「パンを売れ。」って言葉で、それを今から紹介しますね。

(え!?まだなの?まだ前段だったの?)

 

 

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(ツイッター休憩)

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それでですね。

 

いよいよ「パンを売れ」って話なんですけども。

 

 

その日もまた、小霜さんのオフィスで、ふたり無言のまま

ぼくが書いてきたコピーのたばを見下ろしてたんですよね。

300コピー、全弾フルスイング。

我ながら面白く書けたなと。正直言って、自信ありました。

 

なのに…

 

長い沈黙の後、師匠はボソボソ、喋りはじめました。

 

「ぜんっぜんダメ。ぜんぶゴミ。なんて言ったら伝わるかなぁこの感じ…」

 

(ここからの会話は、ぜひあなたも、ぼくの身になって、

     心の中で小霜さんに返答しながら読み進めていってください)

 

 

「そうだ!田中の地元って、どこ?」

 

「えっと…福岡の田舎です」 (あなたも、自分の地元を答えてください)

 

「実家の近所に、パン屋さんあった?」

 

「あ〜、ありましたね」 (実家の近所のパン屋さんを想像してください)

 

「そのパン屋の倅と、田中が、同級生だったとするじゃない?」

 

「はい」 (パン屋の息子と同級生だったあなたを想像してください)

 

「そんで、そのパン屋の倅と、同窓会で再会したとするじゃない?」

 

「はい」 (卒業以来、ひさしぶりの再会を想像してください)

 

「そんとき倅は、田中がコピーライターになったって知るわけよ」

 

「はぁ」 

 

「そんで倅は、パン屋が潰れそうだって、打ち明けるわけよ」

 

「はぁ」 

 

「近所に大型スーパーができて、客が来なくなっちゃったって」

 

「はぁ」 

 

「涙ながらに、自分を育んでくれた大切な場所がなくなるのが無念だと」

 

「…。」 

 

「そんで倅は、後日、店主の親父を連れて、田中を訪ねてくるわけよ」

 

「え?」 

 

「そんで、親父と一緒にかき集めたクシャクシャの10万円を差し出してくるのよ」

 

「…。」 

 

「親父は言うわけ、どうか、このお金で、私たちの店にお客を連れてきてくださいって」

 

「…。」 

 

「倅も神妙な顔で、同級生のきみに、頭を下げてるわけ。」

 

「…。」 

 

「そうやって頼ってきてくれた人にさぁ、きみが今日書いてきたこのコピー、提案できる?」

 

「…っっっっっ!!!!!!!」 

 

ぼくはその時、ようやくビビビッと理解できたのでした。

目の前のテーブルに積まれた300枚の紙の山は、

どうしようもないほどにゴミクズなのだと言うことを。

 

「田中、全ての広告は、これと一緒だから。全てのクライアントはそのパン屋だし、俺たちが預かっている全ての予算は、そのクシャクシャの10万円と同じ価値がある。全ての経営者はパン屋の親父さんと同じように人生を賭けているし、全ての担当者は、この広い世界でお前だけを頼りにしてくれているその同級生なんだよ。俺たちが作る広告は、お前が有名になるための道具じゃない。俺たちの会社は、お前が考えたオモシロCMアイデアを披露する広告学校じゃない。俺たちの仕事は、パンを売る仕事。つまり、路頭に迷ったパン屋の、命を救う仕事なんだよ。分かったら二度と、大事なパンを踏みつけたコピーを書くな。」

 

いやー痺れました。

この時のビビビが、皆さんに少しでも伝わったでしょうか。

 

この日からぼくは、コピーを書くスタンスが定まりました。

(いいコピーがすぐに書けたと言う意味ではないですが、、、)

少なくとも、クライアントが大切に作ったパンを

1個でも多く売ることが自分のプライドになったし、

反対に広告賞全般が、とても不純なものに思えてしまったのでした。

(今はもう違います!TCCの皆さん、すいません汗)

 

 

と言うことで、

コピーライターのみなさんは、いつも、パン、売ってますか?

 

事業主サイドの方は、いつもちゃんと、代理店にパン、売ってもらえてますか?

 

———————————

 

先週も、ロンチさせた商品が、とてもよく売れているみたいです。

厳しい目標値だったので、クライアントは大喜びしてくれています。

 

小霜さん、きょうもぼくは、パンを売っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って、いやいやいやいや、

てゆうか1本書くのにめちゃくちゃ時間かかってるんですけど。。。

広告と違って文字数制限がないので、甘えてしまいました。

月曜からこんなんじゃ仕事にならないので、明日はもっと短くします。

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