リレーコラムについて

コロナから10年後の世界 あとがき

日下慶太

私はまず自分のために書いた。書きながら見えない未来を見ようとしていた。そして、ここは大変おこがましく、おせっかいなのであるが、複数の未来を提示して、読者それぞれに考えて欲しかったのである。もちろん、様々な人が、「with コロナ」「アフターコロナ」と未来について書いて語っている。私は、私らしく「物語」という手法を用いて、未来を具体的に血を通わせて見えるようにしたかった。

私は、この短編によってコロナ後の世界のベクトルを単純化して示したにすぎない。ベクトル、つまり、力の方向と強さである。未来はBだ、Cだとなるわけではなく、これが混ざり合った世界になる。世界を戦争に巻き込もうという力、世界をよりよく変えようという力、世界を元に戻そうという力、若者たちの力、異常気象という外的な力・・・実際の世界ではこのベクトルが混ざりあって、世界は動いていく。(この複数のベクトルを1つの物語の中へ移動させて長編小説にできなくもないが、つらそうなので今は考えないでおく)。私たちがこうなりたいという未来を見て、そのベクトルを変えることができる。仕事を選ぶ。住まいを場所を選ぶ、選挙に行く。運動に参加する。消費という形で応援するなど。

ただ、読者のみなさんに釘を刺しておきたいことがある。私は一つ懸念している。自然と素晴らしい未来がやってくると考えるのはやめておいた方がいい。例えばである。東日本大震災で大きな悲劇が起こった。津波という悲劇を繰り返さないために人々は高台に町を作った。防潮堤を作った。その施策に議論の余地はあるが、これはあの悲劇を繰り返さないために、人間が取った予防策である。何か失敗が起こった。だから次はこうならないようにしようというのが普通の人間である。では、福島第一原発の悲劇を繰り返さないために、日本は原発を止めたのか、いや、そうではない。山口県に新しく作ろうとさえしている。つまり、世界を以前のままに動かそうとするベクトルが強くあるのだ。この力を侮ってはいけない。私たちは震災という悲劇以降、大きく変わることができたのか。よりよい社会を築けたのだろうか。またこれを繰り返しはしないかと思うわけである。

私は政治学の専攻だった。政治哲学を学びたかったが、そんなコースは大学になく、ただ現実的な政治を学ぶ授業しかなかった。しかし、収穫はあった。政治は思想ではなく力学であると教えられたのだ。今回、お肉券、旅行券の配布がささやかれた。何を馬鹿なといって中止になった。しかし、憲法43条に「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」とある。精肉業界や旅行業会を代表する議員たちが、それを配布しようとしたわけだ。利益誘導は当然だ。地元が便利になるように道路を通したり、新幹線を引っ張ってくるのもそうだ。「日本の印章制度・文化を守る議員連盟」の会長の竹本氏がIT担当大臣になって、このペーパーレス時代に印鑑を存続させようとする皮肉も同じことである。議会民主主義ではありうることだ。(比例代表はまったく誰の代表であるか理解できないため、ずっと合点がいかない)。今回は、ライブハウスや、ミュージシャンを代表する議員がいなかったというのが現状である。(大きな芸能事務所やコンサートホールであればその代表はいるかもしれないが)。とはいえ、全体として日本がより強く、国民の大多数が幸せに、つまり、「最大多数の最大幸福」を考えて全ての利益を調整するのが内閣府の仕事であるが、その能力は欠落している。

コロナ以降、在宅勤務が進むとしよう。通信業界はそれを望むだろう。住宅業界も望むだろう。しかし、運輸業界はそれを全く望まない。毎日、数百万人の乗降客を失うわけである。企業は存続しなくなる。例えば、あなたが企業の社長だと思って欲しい。自分は貯蓄もある。年金ももうすぐもらえる。だから、このままやめてもいい。ただ、たくさんの従業員が仕事を失うことになる。まだ子どもが小さい社員がいる。病気の親を介抱している社員もいる。なんとかしようと思う。普通の人は、自己のためにはあまり動かない。しかし、利他のためには正義が生まれ、なりふり構わない行動をとる。

だから、私たちは様々なベクトルと拮抗して、幸せになるために、動かなくてはならない。台湾と香港の若者からそれは学んだ。選挙に行くことは当然のことだ。私は、選挙権を持って以来の23年間、長期にわたって海外旅行をした1回を除き、すべて投票をしている。しかし、投票で社会がよくなった実感がまったくない。もちろん選挙には行く。しかし、選挙に行くだけでは政治は変わらない。これを痛切に思っている。「みんなで投票に行こう」は選挙に行きさえすれば世界はよくなるように思わせる罠だ。私たちはもっと政治に、行政に、働きかけなくてはいけない。黙っている善良な民衆は、声の大きな強欲な民衆の餌食となる。これは人類が始まって以来ずっとそうだ。

最後に、私個人は AからFのどの世界を望むのか。何人かに尋ねられた。A はいやだとだけは伝えておく。しかし、これ以上述べるのはせっかく最後まで読んでくださったみなさんの想像力をひとつの方向に収束してしまうようで野暮なので、またいつか会った時にでも。

 

バトンをぼくに回した越澤くんの仮説は正しかったのだろうか。それはみなさんに判断していただくとして、次は5月11日から鈴木契さんにバトンタッチ。電通関西支社の誇る情熱とユーモアと冷静の間、鈴木契さん。「オー人事!」のCMなどクラシックなおもしろい仕事もしつつ、「TANTEKI」というスタートアップ応援プロジェクトのリーダーでもあり、神父の息子でもある。きっと楽しいミサがコラム上で行われるでことでしょう。お楽しみに。

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