リレーコラムについて

コピーライターを経験して良かったこと②表現個性

望月和人

私は2002年から16年間、
東北新社が経営するクリエイターの学校である
「映像テクノアカデミア」で
コピーライタークラス、CMプランナークラス、新しい広告クラスなどの
講師をしてきました。

この映像テクノアカデミアでの長年の講義を通じて、
私自身が以前から漠然と感じていたことが確信に変わりました。

それは、大まかに言うと5つあります。

①大量に企画やコピーを考えると、どんな人であれ必ず
1種類は「独自の魅力的な“表現個性”」が浮かび上がる。

もちろん人間の個性というのは「多面的」であり、
様々な自分が存在しますが、
それでも「1つ」強力な表現個性が誰しもある感じがする。

この世界に、絶対的な一つの正解などそうそう無い気がしつつも、
絶対性のある1つの表現個性というものがある様に感じることが多々ある。

②そして、それは当初は企画者本人では自覚できず、
多くの場合は、自分自身では別の表現個性を良いと思っている。
(しかし、その自己評価による表現個性に基づいたコピーや企画が、
広告賞など他者評価を得ることは私の確認している限りほとんど無い)

③ジョセフマーフィー氏の名言「誰の中にも1人天才がいる」というのは、
美しい建前などではなく、純然たる事実である様に感じる。
そしてその「1人の天才」は神性すら帯びている感じがする。

④1つのクラスの中に、膨大にコピーを書く人がまず一人現れて、
その人の天才性がある表現個性が浮かび上がると、
別の誰かもたくさん書き始めて、
別の異なる表現個性が出現する。

良いクラスは受講生の半数以上がこういった状態になり、
神々しいくらいの切磋琢磨が起きて、
受講生同士の変なライバル心などは消え、
別々の表現個性を確立した者同士のリスペクトが起きる。

⑤その表現個性は、普段のその人のキャラと違うことも多い。
例えば「イイ加減でおチャラケた感じ」の人の表現個性が、
「見識のある大人な感じ」だったり。

これは私の思い過ごしかもしれませんが、
表現個性こそが実はその人の本当の個性ではと思ったりする。

ロシアの生物学者ガウゼ氏の「競争的排除の法則」というものがあります。

まず
「異なる種」である
2匹の原生動物を
1つのガラス容器に入れて
限られた量の餌を与えます。

すると、
それらは協力して餌を分け合い、
生き延びます。

次に、
「同じ種」 の
2匹の原性動物を
1つのガラス容器に入れて
前と同じ量の餌を与えると、
今度は奪い合いが起きて
「どちらも死んでしまう」そうです。

複数の生物の生活様式が
まったく違う場合に限って
「共存」が可能になるのです。

これを強引に
「表現個性」になぞらえますと、
自分にしか無いスタイルが確立できれば
他人のスタイルもリスペクト出来る様になるということが
言える様な気がします。
「あいつは“泣かせ”がうまいな」とか
「“あのギャグの感じ”はあいつにはかなわないな」とか。

同じスタイルで競い合うと
ヘンな競争モードになって
楽しくないだけでなく
双方が死に向かう気がするのです。

また、
クリエイターを目指す学校の受講者というのは
エキセントリックな人だったり、
生意気な人も多かったりするのですが、
表現個性が発露した時というのは、
とてつもなく美しいものを見た感覚になるのです。

私は社交的では無いですし、
極度の人見知りですので、
あまり人と飲みに行ったりする様なタイプでは無いのですが、
講義の最終日の時、ほぼ毎回、
美しい表現個性と会えなくなる寂しさにおそわれるのです。
そのくらい確立された表現個性は神々しいのです。

心理学者のエイブラハムマズロー教授によりますと、
人生の目的は、自分にしか出来ないことをやって、
それが社会で評価を受けることをどれだけ出来るかであり、
その時、人は「至高体験」といって
「光の様なものを見る」そうです。

私自身もそんなにたくさんは無いですが、
仕事などが予想を大きく上回る位うまくいって、
何か光の様なものを確かに感じことがあります。

本日は、かなりオカルティックな話になりましたが、
こういった「表現個性」というのは、
メディアや手法がどう変化しても、
誰かに何かを伝える時に、
大きな武器になると思っています。

人は企業という
得体の知れない存在からの売り込みが
聞きたいワケでは無いと思います。

人は誰か個人が語りかける思いに
耳を傾けるものだと思います。

今後のデジタル化社会は、
自動化できるものはすべてAIがやって、
当たり前ですが自動化できないことを
人間がやると思います。

だから、
デジタル化すればするほど逆に
「個人の情熱」が
重要になっていくように思うのです。

個人のあふれる想いや、
伝えずにはいらない気持ちなど、
世界中で忘れ去られようとする
ヒューマンタッチを取り戻すべきだと思うのです。

そして、
世界は案外、
退屈なモノで満ちています。

明日はちょっと違うんじゃないかって
期待して寝ても、
次の日も
同じ様な1日だったりします。

私は同じモノが恐ろしいですし、
今までと違うモノが見たいです。

だから私は、
すべての表現者に望むことは、
その人にしか見えない世界の見え方を投げかけて、
「そんな世界の見方があったのか!」って
驚かせて欲しいですし、
退屈な日常をぶっ壊して欲しいのです。

4日目のコラムでも書きますが、
今後、広告コピーやコピーライターに様々な壁が出現して、
どうなっていくかわからないのですが、
少なくとも言えるのが、
いろいろな多面的な角度から物事を考えて、
その企画者ならではの表現個性を引き出す最も有効な手段が、
キャッチコピーをたくさん書くこと
であると、私は確信しています。

天才以外の多くの人々は、
その表現個性を確立する手っ取り早いやり方が
「たくさんの量考える」こと
であると思えてならないのです。

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