リレーコラムについて

クライアントに泣かされた話

渋谷三紀

制作者だったら、どうしても譲れないものが

一つや二つ(人によってはそれ以上)あったりする。

私の場合いちばんは、

広告の中で人がちゃんと“生きてる”かどうかだ。

 

早稲田アカデミーという学習塾の仕事で、

中学生の男子しんたが作文を読むCMをつくった。

作文の内容(ナレーション)はこんな感じ。

 

***

僕は勉強が好きだ。

学校の勉強も塾の勉強も国語も理科も数学も好きだ。

体育は苦手だけど、保健体育は大好きだ。

でも、勉強が好きだというと、友達からはまじめ君呼ばわり。

学級委員を押しつけられたりもする。

僕は勉強が好きなだけで、まじめじゃない。

立ち読みだってするし、恋愛にもおおいに興味がある。

だけど勉強は面白い。

知らなかったことを知るのは気持ちいいし、

解けなかった問題が解けたときは快感だ。

やっただけ数字になって返ってくるから、テストだって楽しい。

子供らしく遊びなさいと大人は言う。

僕は子供らしく大好きなことをとことんやろうと思う。

勉強最高!勉強好きで何が悪い!!

***

 

プレゼンの日、企画はすぐ気に入ってもらえたのだけど、

3行目の『保健体育は大好きだ。』に待ったがかかった。

「これはどういう意味ですか?」静かに聞かれたら、

「そ・・・そういう意味です・・・」と答えるしかない。

 

男子のすこやかな成長。

ギャグにするつもりは全くなかったけど、

塾のCMでわざわざ言う?ってのは、ごもっともだ。

でも絶対残さなきゃと思った。

たった10文字だけど、

しんたが生きるか死ぬかの瀬戸際!とばかりに説得した。

必死だった。

「渋谷さんの狙いはわかりますよ。わかりますが・・・」

 

結論保留のまま撮影準備は進み、

別ナレーションをいくつか用意しての撮影前日。

ロケ地に向かう京急電車にゆられる私に

営業からショートメールが入った。

 

「OK出ました!いいじゃないかと社長が言ってくれたそうです!

いいCMをつくってくださいとのこと」

 

や、やったーーーーーーーーー!!!

チームのみんなと飛び上がって喜んだ。

安堵感と高揚感の中で撮影を迎えられる幸せ。

信じて任せてもらえると、こんなにも力が湧いてくることを

私はクライアントから教わった。

 

転職で担当を離れることになり、ご挨拶に行った日、

私は泣いてしまった。予想通り。

涙も鼻水も止まらなかった。予想以上に。

手紙を書いてきてよかった。

 

担当者の方に渡した手紙の最後に私は、

早稲田アカデミーは、私の母校です。

と書いた。

NO
年月日
名前
5772 2024.10.04 高崎卓馬 名前のない感情
5771 2024.10.03 高崎卓馬 母のひとりごと
5770 2024.10.02 高崎卓馬 批評と愛
5769 2024.10.01 高崎卓馬 再会の夜
5768 2024.09.30 高崎卓馬 ともだちの木
  • 年  月から   年  月まで