リレーコラムについて

ほんとうにあった怖い話/電車

福宿桃香

その日、私は渋谷駅・半蔵門線のホームにいた。
両手には大きな買い物袋。
渋谷のとあるスタジオでの撮影が予定より早く終了したため、
ヒカリエに入っている某タオル屋さんに立ち寄り
自分へのクリスマスプレゼントに、と高級な大判バスタオルを4枚購入したのだ。

ホームに入ってきた電車に乗り込むと暖房がよく効いており、
6割程度の混み具合だったが予想以上に暑い。
思わずコートの前を開けた。

スタジオが少し寒いかもしれないとの思いから私は特別厚着をしていて、
コートの下は、裏起毛のトレーナーにニットのスカートという出で立ちだった。
スカートは当時お気に入りだった一着で、
遠くからでも目立つ鮮やかな緑に白の糸でカモメの柄が織り込まれ、
きれいな形が出るよう、付属のペチコートと一緒に着用するという仕様だった。

ドアから少し離れたところに立ち、
ぼんやりと車内広告に目をやった次の瞬間、
私は下半身に嫌な感触を覚えた。

痴漢か?盗撮か?

相手を殺す勢いで鋭い目つきを下に向けると、
足首のあたりに派手な緑の物体がもたついている。

 

(…スカート!!!)

そう、それは私のスカートであった。
つるりとしたペチコートが潤滑油の役割を果たし、
スカートともども完全に下まで滑り落ちていたのだ。

急いで履き直そうにも、両手は紙袋でふさがっている。
その上、ラッシュの時間帯ではなかったことが仇となり、
周囲のかなりの人間が明らかにこの緊急事態に気づいている。
どうするのが正解なのか。せめてコートの前を閉めたままでいればよかった。

そこに、車内アナウンスが追い打ちをかける。
「表参道〜表参道〜」
まずい!今にも次の駅に到着しようとしている!

焦った私は両手に持っていた紙袋を床に叩きつけ、
アンガールズの田中さん並みにあらゆる関節を曲げながら
スカートを引っ張り上げた。
奇怪な動きで笑いを取りたかった訳ではなく、
身を屈めることで少しでも存在感を消すことを狙ったのだが、
先述の紙袋で大きな音を立てて車両中の注目を集めた後のことだったので
プラマイゼロどころか、マイナスであった。

幸い、表参道駅で新たに乗車してきた人たちには
間一髪のところで惨劇を目撃されずに済んだものの、
そこから降りる駅までの20分は、人生でもっとも長い20分だった。

携帯を触っている乗客が全員、
私についてツイートしているのではないかと被害妄想が止まらない。
いっそ陽キャのJKあたりが
「今ww スカート落ちましたよねwwww」などといじってくれれば
「見ました?www やばいですよねwwww」と全力でノることでダメージを減らせるのだが、
車内はおそろしく静かだ。なんなら普段より静まり返っている。
見たくもないものを見せられたのだから無理もないだろう。

お気に入りだった緑のスカートも今はただただ憎たらしい。
冷静に見れば死にかけのタマムシのような色で、
数ある緑の中でもっともセンスのない緑だ。

地獄の20分を耐え忍び、ようやく目的の駅に着いた私は
もう一度スカートが落ちてしまうことのないよう
横綱の土俵入りばりに足を広げ、シャカシャカとカニ歩きで退散した。

翌朝早々にタマムシスカートを燃えるゴミに出したことは言うまでもない。

==

初めまして。コピーライターの福宿桃香です。
仕事でも大変お世話になっている大先輩、三島さんの後とあっては
広告の話などできるはずもないため、
私の身に本当に起きた怖い話を紹介する1週間にしたいと思います。
「人々は福宿さんのコラムを読むことで清らかな心の尊さを知る」
という三島さんの予告を初日にして裏切ってしまっていないか心配です。

 

NO
年月日
名前
5074 2021.02.05 三浦麻衣 地球の見方
5073 2021.02.04 三浦麻衣 ことばのテトリス
5072 2021.02.03 三浦麻衣 作品がまだない作品展
5071 2021.02.02 三浦麻衣 ことばの生け花
5070 2021.02.01 三浦麻衣 ことばの世界旅行
  • 年  月から   年  月まで