リレーコラムについて

しめじの成長

市川雅一

たとえば理科の授業などで
植物が成長する様子を
早送りで見た経験があると思います。

けれど、肉眼で成長する瞬間を
見たことがあるでしょうか。

 

およそ15年前、
その日何もすることがなかった僕は
鏡の前にしめじを置いていました。

僕はきのこの中でもしめじが大好きで
毎日スーパーで買ってはスープなどに入れて食べていました。

いつもしめじを見ているうちに、
早回しでしか見たことのないしめじ(あるいは植物)が
成長する瞬間を見ることができる気がしてきたのです。

 

自室のデスクにスタンド付きの鏡を置き、
袋から出したしめじの房をその前にセットして
息がかからないようにデスクから
顔の上半分だけを出し、じっと観察しました。

30分が経過しても、しめじはおなじしめじのままでした。

しかし、そのときはやって来たのです。
かすかな風が吹いたようにしめじの傘が揺れ、
ほんの0.1ミリほど、
「ぐん」としめじが力づよく成長する様子を
観察することができたのです。

それ以来、この大きな成果を
さまざまな人に伝えてきたけれど、
信じてくれる人はいまだ現れていません。

 

しかし、この経験はとても示唆に富んでいます。
僕がしめじを見ていた時間はおよそ30分。
しめじが0.1ミリ成長する姿を見るためには、
永遠にも感じる30分ものあいだ
辛抱強く観察し続ける時間が必要だったのです。

ゴダールも「イメージの本」のなかで
「1秒の歴史をつくるには1日かかる」と言っていました。
「1分の歴史をつくるには1年かかる」
「1日の歴史をつくるには永遠の時が」

しめじの成長には、30min/0.1mm。
新しい発見のためには、長い時間を
惜しみなく使う覚悟が必要です。

経験をとおして学んだこの法則は、
現在にいたるまで僕の仕事の指針になっています。
(当時は映画の公開前だけど)

 

しめじの成長からすこし時間が進んで
今から10年ほど前。
僕は目黒の会社に勤めていました。

目黒駅で電車を降り、
アーケードが連なる権之助坂の下り道を
僕は毎日通っていました。

下り坂のちょうど真ん中くらい、
進行方向から左手に工事現場が見えました。

 

以前あったであろう建物はすでに取り壊され、
白い帆布で覆われた現場から
大きなクレーンが天に向かって伸びています。

僕は毎日その工事現場を見ていましたが、
半年ほど経っても、工事が進捗している様子が一向にありません。
いつ通っても白い帆布からクレーンが突き出ている光景ばかりで
新たな建物の骨組みさえ姿を現しませんでした。

けっして狭くはない土地を、
帆布やクレーンなどの機材だけそろえて
放置するなんてことがあるんだろうかと
僕は不思議に思い、毎日写真で記録することにしました。

 

権之助坂の特定のお店の前に立ち、
おなじ高さ、おなじ角度に
スマートフォンのカメラを向け撮影しました。

一週間、二週間経っても、
変化は見られませんでした。

それからさらに一週間が経ち、
あまりの変化のなさにうんざりしていた頃、
ふとこれまでに撮った写真を見返して、
僕は大きな真実を見逃していたことに気づきました。

 

クレーンはすこしずつ角度を広げ、日々高くなっていたのです。

 

角度はおよそ15度。
その変化は、具体的なイメージでした。
白い帆布で覆われている工事現場の中で、
レンガを積み重ねるように
1階、2階と工事が順調に進んでいるイメージが
僕の頭の中にはっきりと描かれました。

実際にそのような工程で
工事が進められているかどうかはともかくとして。

 

ここにも、「1秒の歴史をつくるには1日かかる」
の法則を見ることができます。
およそ15度の角度の変化に気づくのに
僕には三週間もの時間が必要でした。

 

僕は1年あまりでその会社を退職したので
完成する姿を見ることは叶いませんでしたが、

「1秒の歴史をつくるには1日かかる」

そのきわめて実践的な知恵を、
しめじとクレーンが与えてくれたのです。

 

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