TCC会報出張所

《書籍紹介》オートリバース/高崎卓馬 著

『オートリバース』

 高崎 卓馬 著

 出版社:中央公論新社

 発行日:2019/9/6

 定価:1,540円(税込)

 

 

 

 

本作に登場するアイワのカセットボーイを僕も愛用していました。
高校生の頃です。もちろんオートリバースで、表紙のイラストと同じく色は赤。が、イラストのものは再生専用機かな。僕のは録音機能付きでした。
奮発して録音機能付きにしたのはライブを隠し録りするためでしたが、どこに行くにも持ち歩き、スマホで写真を撮るように、友達の声やゲームセンターの音、電車のアナウンスなどまで意味も無く録音したりしていました。
祖母が危篤との連絡が入り、学校から病院に向かった時も、僕のポケットにはカセットボーイが入っていました。
「婆ちゃんの声、録音してもいい?」と訊けば、
「ええよ」と答えてくれる気がした。
もちろん面白半分などではなく、二度と聞くことができなくなるその声を残しておきたかった。それに、不謹慎かどうかなんて、迷ってる時間もなかった。
雰囲気に気圧されないよう、病室に入る前に録音ボタンを押そう。
そう録音ボタンに指をかけた時です。再生ボタンを押すいつの日かのことを考えてしまった。
押すか押さないかを逡巡し、身構えながら聞いてしまうと、嘘の気持ちしか出ないように思ったのです。

懐かしい、は、不意打ちされる感じがいい。
歳をとり大体のことには準備できているのに、思いもよらぬパスワードで開いてしまうことがある。
いくつかの記憶の連鎖からさめる時、何事もなく変わらない世界の中で、自分だけが一人ぼっちだと思う余韻がまたいい。
カセットを聴きながら自転車で疾走していると、車道から歩道に乗り上げる時にガチャッとオートリバースが作動してしまうことがよくあった。
B面からA面へ、忘れかけてた曲のしかもサビがいきなり耳に飛び込んできたりする。
こんなタイミングでこう来られたら心が揺れてしまうじゃないか。
「オートリバース」は、そんな小説でした。

作者は高崎卓馬氏。TCC会員なら氏の数多くの名作はご存知のことでしょう。その上にこんな小説まで上梓されるとは、なんとも勉強と部活を両立し続けているような人です。
しかし、そんな氏だからこそ、別の青春を書かずにはいられなかったのだと思う。
ラストで高階(たかしな・主人公の一人)が語る、もう手に届かない数々のこと。
自身を不意打ちしてくるものを、親衛隊の青春の中に探していたのだと思う。
大恋愛や大喧嘩、そんな語るほどの思い出が一つもない青春を送った僕らにも、懐かしいと思う瞬間がある。
その感情は、過去よりも、それが生まれた今を、価値のあるものとしてくれているように思えるのです。
(TCC会員 井村光明)

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オートリバース|特設ページ|中央公論新社

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