TCC会報出張所

《書籍紹介》文人たちのまち 番町麴町/新井 巌 著

『文人たちのまち 番町麴町』

新井 巌 著

出版社:言視舎

発行日:2019年1月30日

定価:1,836円(税込)

 

 

 

 

 

初対面の人と気まずい空気をともにしているときに
苦し紛れに聞いた「どこに住んでるんですか?」の答えが、
自分の家と近かったり、知った地名だったりすると、
一気に親しみが湧いたりするものですが、
この本を読むと、それとよく似た現象が文人たちを相手にして起こります。
武者小路実篤も、島崎藤村も、内田百閒も、与謝野晶子も、樋口一葉も、
この本の登場人物たちは、多くの人にとっては、きっと受験単語。
我が家の本棚でも、この時代の小説となると、武者小路実篤がわずか2冊、
大量にある村上春樹の隣で居心地悪そうに並んでいるだけで、
しかも読んだことはありません。ごめんね、武者小路。ゆるして、実篤。

著者の新井さんは、膨大な資料のなかから、
そんな受験単語なみなさんの家があった場所を番地まで調べあげています。
個人情報の面から住所を調べたり聞いたりすることも憚られ、
年賀状を書くことが面倒になっている現在。
文人たちの住所が番地まで分かると、ある意味、
会社の同僚よりも近い存在に思えてくるから不思議です。
島崎藤村の家が麹町だったと知って、ぼくはまず、
「というこうとは昔の日テレのそばか」と思い、続けて、
「島崎藤村って、芸能人見たことあるかなあ?」と思いました。
そうなると、島崎藤村を身近に感じ、
じゃあ書いた本でも読んでみるかとなるかといえば、
そうはならない。まだそこまでではない。
まだ遠い。まだ受験単語の範疇を出ない。
でも。でもですよ。
読み進めるうちに、島崎藤村は麹町のこのへんに住んでいて、
そこからまっすぐ日本テレビに向かって歩いていった場所にある
明治女学校で教鞭を執り、教え子相手に大失恋をする。
その後しばらく漂泊の旅に出たあと再び教壇に立つが、
また別の教え子によると
「ああ先生はもう燃え殻なのだもの、仕方がない」状態だったらしいと、
そこまで知ることができたら、
「島崎、もっとがんばれよー」と励ましたくなるものです。
さらにさらに。
その後いろいろあり番町から離れることになるけど、
40年以上もたったあと再び番町に舞い戻って来て晩年をすごした。
とそこまで知ることができたら、
島崎藤村の麹町への愛着というか、恋心への未練のようなものまで感じられ、
いよいよ受験単語ではなく人間島崎藤村になってきます。
生きた時代は違っても、
同じ心を持っていたことに今更ながら気がつきます。
そんな当たり前のことに気がついたら、時空を超えた共感を求めて、
島崎藤村が書いたものを読んでみたくなるじゃないですか。

新井さんは島崎藤村だけでなく、
50名以上もの名だたる文人たちと番町麹町の絡みを詳細に調べ上げ
端的かつ魅力的にまとめてくれています。
新井さんは図書館をまわり、様々な人に取材を重ねるうちに、
作家たちへの愛着がどうしようもないくらいに湧いてきたに違いなく、
読むと、そのことがとても伝わってきます。
そして見も知らぬ作家たちに興味を抱いてしまうことになります。
ぼくも例外ではなく、ある日、
ふらっと麹町を散歩してみたくなりました。
そして、この本をガイドブック代わりに、
「ああ、このあたりが島崎藤村んちで、
藤田嗣治んちがこのへんで、あれが明治女学校のあったところか」
とぶらぶらしているうちに、どうでもいいことに思いいたりました。
最後に、この本の内容とは全く関係のないそのどうでもいいことを
書いて終わりにしようと思います。
ぼくは歩きながら、当時に思いを馳せていました。
年若い作家たちが行ったり来たり、
つっつきあったりしている姿を思い浮かべていました。
そしてふと、
「これは、まるで番町麹町版ビバリーヒルズ高校白書ではないか!
もしくは、青春白書ね!」と思ったのです。
ブランドンが武者小路実篤なら、ケリーが樋口一葉か。
じゃあディランは吉行淳之介か。
著者の新井さんは、このビバヒルと呼ばれる海外ドラマを
ご存じないと思うので、そう言われても困るでしょうが、
なんかそう思えたのですよね。
「文人たちのまち番町麹町」。そのまたの名を「番町麹町文人白書」。
読むと、これまでとっつきにくかった文人たちとの
距離がいっきに縮まります。
著者の新井さんは、
文人とぼくらとの間に立つ恋のキューピットなのかもしれません。
ちょうど「あいのり」のピンクのバスの運転手みたいな。
と言われても、新井さんはその恋愛バラエティ番組をご存じないでしょうね。
(TCC会員 上田浩和)

 

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《著者より》

上田浩和さん、拙著へのご紹介文、ありがとうございます。
前著、前々著の時は、小野田隆雄さんに素晴らしい、過分なご紹介をしていただきましたが、
この度も、思いもよらぬ視点からのご紹介をいただきました。
まさに眼からウロコの思いです。
感謝にたえません。
しかも、わざわざ拙著が紹介している現地にまで足をお運びいただいたようで、
これまた恐縮しております。
上田さんのような読み方をしていただければ、今や忘却の彼方にある文人たちも、
きっと、生き生きとよみがえってくるに違いありません。そういう視点で書けばよかったなあ。
最後に書かれている海外ドラマ「ビバリーヒルズ高校白書」は観ていませんでしたが、
「あいのり」のピンクのバスは知っていますよ。なるほど、あの運転手さんか?僕は(笑)

 

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