TCC会報出張所

《書籍紹介》迷子のコピーライター/日下慶太 著

『迷子のコピーライター』
 
 日下慶太 著
 
 出版社:イースト・プレス
 
 発行日:2018年6月17日
 
 定価:1,782円(税込)

迷子じゃなければ、コピーライターじゃない。

いま、コピーライターとしてあせっている人。
いいコピーが書けなくて、劣等感にさいなまれている人。
誰かがつくった仕事が話題になっているのがいたたまれなくて、
SNSをしばらく見ていない人。でもやっぱりついつい見ちゃう人。
そもそも自分はこの職業に向いているんだろうか?と思っている人。
朝、鏡をみて「もし今日が人生最後の日なら、これってやりたい仕事だろうか?」
とジョブスのマネして自問自答している人。

そうです。それはわたしです。
そんな人はいますぐ「迷子のコピーライター」を読んだほうがいいと思います。

日下くんがしばらく入院すると聞いて、
病室にお見舞いに行ったのはたしか暑い夏の日でした。
一時はフラニーとゾーイと呼び合っていた文学仲間として(ゾゾゾ)、
できる限り、広告とは関係のない内容の、
ぶあつい文庫本を何冊か差し入れました。
「マシアス・ギリの失脚」とかだった気がします。
安い文庫本なのにプレゼントせずに、
あとで返してね、としつこく言ったのを覚えています。
入院が長くなりそうなことを察した帰り道。
「TCC新人賞もとって、これからって時に辛いだろうなあ」
と思いをはせていたのは、遠い昔。
その後、仕事に復帰すると日下くんは独自の世界観を爆発させて
新しい枠組みの広告を作り続け、話題になり、佐治敬三賞もとり、
「心から本当にいいと思っていることをやってそうで
うらやましい作り手トップ10」に踊りでました。

いったい、日下くんになにが起こったのか?
そういえば、復帰してからちょっと話したときに
チャクラが開いたとか、アセンションが起こったとか、
ぶつぶつ言っていたな……
大阪配属と東京配属で離れて過ごすようになっていたので、
うかがい知れなかった、日下くんの心の軌跡と奇跡が
この本には詳細に記されていました。

一読すると、コピーライティングのノウハウはほぼ書いていません。
いったいこれは、だれの自叙伝を読まされているのかな?
と最初は思うかもしれません。
そう、この本には日下くんの
人生のジェットコースターっぷりが
驚きの感情に対する記憶力で書いてあります。
よくこんなに自分の心の動きと
ディテールを覚えているなあと思います。
そしてコピーライターとはいかに
おそろしい職業かを痛感することになります。
これでもかと投げつけられる
不運、挫折、失敗、嫉妬心、劣等感、あせり、
そういうものをどうのりこえたか?
どう希望に変えていったか?
コピーライターとはそういう心の力が
つくるものにぜんぶ出てしまう職業だという事実が、
濃密なエピソードの数々とともに胸に迫ってきます。

そして、数々の困難と向き合い
日下くんが心と仕事の自由を獲得していく
詳細な過程を読み進めるうちに気づくのです。
どんなテクニックよりも、コピーの事例よりも、
これこそが、究極のコピーライターとしての
ハウツー本のなのかもしれないと。
いいコピー、いいアウトプットに辿り着くために、
心の筋トレをどうやってきたのか。

そうやって、日下くんは
かつて自分に居場所がなかった場所で、
新しい居場所をつくっていきます。
そして、自分で耕した新しい土地に、
たくさんの種をまいて、人をまねいて、
幸せを育てていきます。

ああ、自分の心から聞こえてきた声に正直に、
アホになれた日下くんがうらやましい。
自分の弱い心に支配されずに、
自分の心のジェダイマスターになれた日下くんがうらやましい。
UFOを呼べる日下くんがうらやましい。
その境地で仕事三昧するのは、最高に楽しいだろうなあ。
いまだにくだらない煩悩どっぷりなわたしも、
このあせり、この不毛から解脱して、
いつかいい広告に変えられる日がくるんでしょうか?
希望は、かつて日下くんがそうだったように、
いまわたしも絶賛迷子中だってことです。
そして迷子の経験は、いつかきっと、いいコピーを書く栄養になる。
人の気持ちによりそって、共感をうみだす土壌になる。
もうちょっと、書いてみようと思いました。
この書評の締め切りも守れなかったけど……

(TCC会員 細川美和子)

★ご購入はこちらからどうぞ。