お袋へ(師匠へ)  いわゆる”お袋”のイメージというと、
料理をしている姿、風呂を焚いている姿、
かもしれない。でも、俺が思い出すお袋は、
紙をすいている職人の姿だ。

 ”実家の音”を思い浮かべると、ふつうの
家なら、食材を切る音、鍋が煮える音、かも
しれない。でも、うちは毎日、お袋が紙を
すく音で溢れていた。

ポチャン、ポチャン、ポン、ポチャン

 お袋は、まるで赤ん坊をあやすようにやさ
しく紙をゆらして、その産声に耳をすます。
「じいちゃんは、よか音ですいちょったよ」
 そう口癖のように呟くお袋の、紙をすく
音が、俺の教科書だった。のりの加減、繊維の
加減ひとつで変わる音。力強くて、美しい、
うちの紙の産声だ。

 きっとお袋は、心の耳もすましているんだろう。
じいちゃんの音を追いかけているんだろう。

 これからも、一緒に働かせてください。
あなたと同じ音が出せる、その日まで。

老働を愉しむ国へ。

NO.88888

広告主 パナソニック
業種 精密機器・産業資材・住宅・不動産
媒体 新聞
コピーライター 畠山侑子
掲載年度 2016年
掲載ページ 242

畠山侑子はたけやま ゆうこ

2018年入会