金鳥ロマン小説 ピンクのよろめき
第十話<小俣拓也>  おばはんの家からの帰り道、「おまえ、やっぱりおかあち
ゃんと一緒に暮らしたいか」とおれはポン太に訊いた。
「なんでそんなこときくの」
「いや・・・やっぱり、おかあちゃんの料理、食べたいかな、
とおもてな。それに」前みたいに嘘がつけるようになるまで
はコマシも休業やからな、と言いかけてまた口をふさいだ。

 あのままポン太らがけえへんかったら、おれはあのおばは
んとどうなっとったんやろか。「あんたが欲しいんや」と口
走ったおれの言葉は、ピンポンの音にかき消されて多分おば
はんには聞こえんかった。
 あれは、俺のほんまの気持ちやったんか?
 いつもなら、なんの気持ちもなしにその手の言葉がすべり
出るけど、今回は事情が違う。ということはーーー
 
 広子に、電話をかける。

「もういっぺん、やり直さへんか。ポン太にはお前が必要
なんや」
「本気で言ってるの」
「本気や」
「・・・証拠は?」
「ま、話せばながなる」
「・・・考えとく」
 そう言って電話はぶちっと切れた。まあ、あいつの「
考えとく」はだいたいOKやいうことや。意外とまだおれ
に惚れとるな。
 ポン太とスーパーに寄る。殺虫剤売り場に並ぶピンクの
キンチョールを見ると、臼井のおばはんの部屋と、おばは
んのほっぺたの匂いを思い出した。
 ふん。やっぱりあんなおばはん、おれは別になんともお
もとらん。
 けど。
 あのメンチカツ、ほんまに・・・うまかったな。
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 小俣拓也は、スーパーのかごをくるりとキザな仕草で持ち
替えると、空いた手で息子の手を握った。
(次週につづく)

NO.87522

広告主 大日本除虫菊
受賞 ファイナリスト
業種 化粧品・薬品・サイエンス・日用雑貨
媒体 新聞
コピーライター 古川雅之 直川隆久
掲載年度 2015年
掲載ページ 135