金鳥ロマン小説 ピンクのよろめき
第三話<臼井ピン子>  「小俣拓也です」
 落ち着いたバリトンボイスが耳について離れない。
それにしてもなぜフルネームで?最後の「ひとくち
バウム小倉サンド」を口に放り込んだ途端ひらめいた。
「小俣です」だと、なんか待ち合わせみたいだから
じゃないかしら。
「オマタです」
「・・・誰ですか?」
「オマタ!」
「いえ待ってませんけど」
 みたいな。自分で考えていておかしくなって、つ
いウフフと声を出して笑ってしまった。
「何かいいことでもあった?」
 いつの間にか娘の美由が立っている。
「あら、帰ってきたなら、ただいまぐらい言いなさ
いよ。いや、今日ね、」
 と言いかけて何故か娘には言わずにおこうと思い
立ち、話の矛先を変えた。
「今日ね、ほら、こんなの買ったのよ」

「キンチョール?なぜにピンク?」
「なんかカワイイでしょ」
「ま、ありかもね、なしかもね」
 あまり興味がないらしく、ポットの麦茶を一気飲
みして二階へ上がってしまった。
 なぜ娘に言わずにおこうとしたのか、自分でもわ
からなかった。ポン太くんのこと聞いてもよかった
んだけど。
「小俣拓也です」また頭の中で声が響く。浅黒い肌
はゴルフ焼けだろうか。はにかんだような笑顔。
ポロシャツから伸びる逞しい二の腕。もしかして今
年四十三になるわたしより年下だったかしら。お腹
もでてなかった。
「このスーパー、よく来るんですよ」
 またばったり会うかもしれない。でも・・・あんな
時間にスーパーにいるなんて、何の仕事をしている
んだろう。学校と子どものこと以外、話した記憶が
ない。名前は忘れたけど女医をやってるという美人
の奥さんはどうしてるんだろう。性格キツかったな。
   ------------------------------------
 ピン子はキンチョールを軽く振ってみた。
(次週につづく)

NO.87515

広告主 大日本除虫菊
受賞 ファイナリスト
業種 化粧品・薬品・サイエンス・日用雑貨
媒体 新聞
コピーライター 古川雅之 直川隆久
掲載年度 2015年
掲載ページ 134