父と、3月14日。 驚いたことに、父からホワイトデーのお返しが届いた。実家から
何かが届く時、宛名の筆跡が母のものであることが常だった私にとって、
父のいかつい文字で書かれた私の名前には、ハッとする新鮮味があった。
そもそも、チョコレートを贈ったのだから、お返しが届いて驚くことは
ないのだが、思えば、両親から何か贈られたことはあっても、贈り主が
父だけということは今までの人生で一度もないことに気付いた。
私はと言えば、子どもの頃、お小遣いをはたいて父にチョコレートを
贈ったことがあったが「小遣いをこんなことにつかわんでいい」と
言われたことと、そのチョコレートがずっと戸棚の隅に置かれていた
ことで、父はきっと甘いものが好きではないのだなと子ども心に傷ついて、
それ以来、わが家のバレンタインは自然消滅した。父が本当は、甘いもの
に目がないことを知ったのは、大学に通うために家を出た後のことだった。
帰省の土産にと買ったお菓子が、ありえない早さでなくなっていたのを、
父の仕業だと可笑しそうに密告してきた母が、ついでのように「なのに、
いつかあんたがあげたチョコレートだけは、ずっとずっと大事にとってた
ねえ」と教えてくれた。家族は、思ったよりゆっくりと家族のことを知っていく。
あの時、私は叱られたわけではなかった。父も、あの言葉を後悔していた
のかもしれない。だから、きっと20年近くたって、ひょっこり贈られたチョコ
レートのお返しを柄にもなく届けてくれたのだろう。包を開けると「鶴の子」
だった。親鳥をかたどった箱を開けると、涙が出そうな匂いがした。


35年前、石村萬盛堂で生まれたホワイトデーが、
今年も心と心をやわらかく包み込みますように。

NO.86547

広告主 石村萬盛堂
業種 食品・飲料
媒体 新聞
コピーライター 永野弥生
掲載年度 2014年
掲載ページ 228