金鳥小説 夢不来(むしこなーず)
〜虫コナーズのCMオーディションに挑む
主婦・近藤幸恵の物語<全十話>〜
第六話「火に入る虫」 「つぎ29番!29番!」
自分が29番だとは分からなかった。
「29番、近藤幸恵さん、いませんか」
「は、はいぃ」
「上下このスウェットに着替えて、まず顔と
全身のポラ撮りますから。あーそのお化粧
ね、かぶりもんに付くとあれなんで口紅
だけでも落とせませんかねぇ」
「は、はぃ・・・」
手渡されたスウェットは、前の人が着た
体温がまだ微かに残るネズミ色のL
サイズ上下。何がなんだかわからない。
とにかく自分とはまったく違う人種の
ポッチャリおばちゃんたちが、広くは
ない会議室にギュウギュウとうごめいて
いるのだ。悪夢である。世紀末である。
きっと会場を間違えたのだと思った。
だけどさっき確かに名前で呼ばれた
し!・・・幸恵は釈然としないままネズミ色に
着替えたのだった。
スリーサイズがわからないと言うと、
自分の娘ぐらいの若い女の子にメジャーで
計られた。「100、98、100です」
声に出さなくてもいいのに、ていねいに太い油性
ペンでシートに書き込まれると、つぎに
またまた若い男の子に床に貼ってある目印の
黒いガムテープの上に立って一周回るように
言われる。写真を撮ってくれるらしいので
満面の笑顔を向けると、普通にしてくだ
さいとピシャリと言われた。
ああ、そうか。わたしが知らなかっただけで
女優の裏舞台というのはこんな風に決して
華やかではないんだ。能力をひた隠し
普通の主婦をやってきた。五十を過ぎてやっと
いま、表舞台のそのからくりを
体感している。幸恵は武者震いした。
「29番!じゃ、これかぶって」
なんだろう。便器のカタチのものをかぶれ
と言う。ちょうど便座から顔だけがでる仕様に
なっているらしい。横には28番が便器
ブラシを持って立っていた。
(次回は6月23日掲載予定です)

※ストーリーはフィクションです。
登場人物、団体名等は架空のものです。

KINCHO
虫コナーズ スペースバリア

NO.85265

広告主 大日本除虫菊
業種 化粧品・薬品・サイエンス・日用雑貨
媒体 新聞
コピーライター 古川雅之
掲載年度 2013年
掲載ページ 167