金鳥小説 夢不来(むしこなーず)
〜虫コナーズのCMオーディションに挑む
主婦・近藤幸恵の物語<全十話>〜
第五話「虫が騒ぐ」 コマーシャルに出るのに、家族の承諾が
いるとはどういうことだろうか。あれか。
女優になりドラマに出て、莫大なお金を
得る。それで夫婦関係が変わってしまわ
ないかとか、そういうことを心配して
くれているのだろうか。
「たぶん大丈夫だと思いますが・・・」と幸恵。
「あのですね、コマーシャルに出たから
子どもがいじめられたとかですね、ご主人が
職場で働きにくくなったとかですね、
そういうことはこちらは一切責任を
負いかねますので」
妻が、母親が、テレビの中でキラキラと
輝いて一体なにがどうなのか、幸恵はまったく
意味が分からなかったが「大丈夫です」と
今度は落ち着いた声で答えたのだった。
オーディションにはなるべく薄化粧で、
着替えやすい普段着で来てください。という
電話口の声はもはや幸恵には届いていなかった。
「よっしゃあ」
その日、夫を送り出し、子どもたちを送り
出した幸恵は相撲取りのようにパシパシと
両手で自分の顔に気合いを入れた。午前中に
美容院を予約してある。白髪染めカラーと
パーマ。帰って来たらお昼を過ぎているだろう。
前から目を付けていたジャケットと
大判のスカーフを駅前で買って帰りたい。
オーディションは市内で午後四時からだ。
ゆっくりしている時間はない。食パンに
マーガリンと蜂蜜をたっぷり塗りたくった
ものを頬張り牛乳で流し込んだ。この慌ただしさ、
嫌いじゃない。女優みたいで。
♬~虫は~玄関から入ってくるのね~。
思わず口ずさんだ自分を笑いながら、
「いやいや、そういう下世話なCMじゃなく
ってね、幸恵さん、あなたお姫さまなんだから。
演技力とセリフで主役を勝ち取るお姫さま
なんだから」と鏡の中の自分に言い聞かせて
また笑った。そしてベッチョリと真っ赤な
口紅を塗ったのだ。
(次回は6月16日掲載予定です)

※ストーリーはフィクションです。
登場人物、団体名等は架空のものです。

KINCHO
虫コナーズ アミ戸に貼るタイプ

NO.85264

広告主 大日本除虫菊
業種 化粧品・薬品・サイエンス・日用雑貨
媒体 新聞
コピーライター 古川雅之
掲載年度 2013年
掲載ページ 167