あなたにしか救えない大切な命 -AED普及促進-
「そばにいるあなたしか、救えない命がある」 323秒 S:
そばにいるあなたしか、救えない命がある。
その瞳は希望に満ちていた。
その瞳は夢を見ていた。
ずっとずっと輝き続けるはずだった。

M:
♪~「君の瞳」(青木まり子)

S:
2002年9月6日
体育祭のクラス対抗リレーで、その少女は
バトンを渡したあとグラウンドに倒れこんだ。
「大丈夫か?」教師が声をかけた。
意識がない…なぜ?
人工呼吸、心臓マッサージ、
でも…少女は最後に何かを言いかけたが…
再び倒れた。
彼女の瞳は再び開いてはくれなかった。
心臓突然死だった。
川崎沙織さん16歳(当時)
スポーツが大好きだった
保母さんになるのが夢だった

2004年6月2日
1500m走の途中
その少年は「胸が痛い」と友人に訴え
そのまま倒れこんだ。
倒れた場所が死角だったため
助けを呼ぶ友人の声は
すぐには教師に届かなかった。
駆けつけた教師らによって
懸命の心肺蘇生が続けられた。
でも、再び起き上がることはなかった。
心臓突然死だった。
稲毛俊平さん14歳(当時)
心の優しい少年だった
野球選手になるのが夢だった
稲毛俊平さんの時がとまったわずか一ヵ月後
一般市民によるAEDの使用が
認められることとなった。
もしもあの時、AEDがあったなら
彼らの瞳には
今も夢の続きが映っていたかもしれない。

2005年6月1日
愛知万博会場
牛田尊さんは、突然意識を失い倒れた。
居合わせた4人の医学生が
会場内のAEDを使い、
懸命に救命措置を施し、
牛田さんは一命をとりとめた。
そして今牛田さんはその経験を活かし、
AEDと心肺蘇生を広めるための
講演活動を続けている。
「私を救ったのはAEDという
機械だけではありません。
見知らぬ私に駆け寄りAEDを使ってくれた
勇気ある人々です」
牛田尊さん

2007年4月30日
高校野球春季大会大阪予選
上野貴寛さんは
強烈なピッチャー返しを左胸に受け
マウンド上で倒れた。
周りの騒ぎ方が尋常ではない。
「何?何?息子が死ぬの?
こんな簡単に人が死ぬの?」
母・上野愛美さん
監督は心臓マッサージ
父親は人工呼吸
そしてAEDが運ばれてきた
その時AEDに記録された実際の音声
「ショックを実行します!」
「生きろ」「タカ、がんばれ!」「タカ、がんばって」
大丈夫、生きてる…
一命をとりとめた…
上野さんは
この経験を機に救急救命士を目指した。

一年間に約6万人。
これは毎年日本で心臓突然死で
亡くなる人の数。

そうです。
いつあなたの目の前で起こるか分からない。
それが、心臓突然死の現実です。
あなたはAEDを使うことができますか?
AEDが広がりつつある今
必要なのは突然倒れた人に声をかける勇気
でも、
いざ目の前で人が倒れたら…
そんな時に、勇気を持って
一歩を踏み出せるように、
心臓マッサージとAEDの
講習会に参加してください。
AEDには初めての人でも使いやすいように
音声や画像のガイダンスもついています。
大切な命を救うための心臓マッサージ。
そしてAED。
それは、あなたにもできること。
その場にいる
あなたにしかできないこと。
彼らの瞳は私たちの中で
今も生きています。
2002年、高円宮憲仁親王殿下が
47歳の若さで
スポーツの最中に突然、
心臓突然死で薨去されたことが、
日本におけるAED普及の
きっかけとなったといわれています。
挿入歌「君の瞳」は、
作詞作曲された殿下から
青木まり子さんがご生前にいただき
今もなお大切に歌い続けている作品です。
そばにいるあなたしか
救えない命がある。
PUSH PROJECT
財団法人日本心臓財団
NPO 大阪ライフサポート協会

NO.84396

広告主 日本心臓財団
受賞 新人賞
業種 金融・保険・公共・教育および学校
媒体 WEB
コピーライター 成田倫史
掲載年度 2012年
掲載ページ 132

成田倫史なりた ともふみ

2012年入会