青い商人 僕の部に、ひとりの新入社員がやってきた。1974年のことだ。彼は配属される
なりこう言うではないか。「伊藤忠商事ともあろう企業が“日本”のため、なんてい
う狭い視野でものを考えていいのですか?」
 それは当時の副社長の発言に対するものだった。入社したての若造の、青く生意
気な物言いである。「自分の部に来なくてよかったわー」と、よその部長は言った。
 彼が配属された、わが輸入繊維部は、控えめに言っても「もう未来はない」と
思われていた。「輸出」は華やかだけれど「輸入」は赤字続き。社内倒産さえ囁か
れている。世の主流は既製服に移りはじめ、輸入毛織物が担うオーダーメイドのシェ
アは縮小する一方だった。こんな絶望的な部署に配属されてしまったとき、人はど
うするだろう。そして商人ならどうするだろうか。彼は悶々としていたようだけれど、
ある日僕に言った。「紳士服の展示会で生地を選ぶのは、服を着る男性本人ではな
く、一緒に来る奥さんや娘さんだったんです」。
 ならばその毛織物に、女性から人気のあるブランドの付加価値をつけて売っては
どうか? そう気づくと一番人気の「イヴ・サンローラン」に話を持ち込んでライセ
ンス契約をとりつけた。この仕組みは当たった。生地は売れに売れたのだ。それは、
「ブランドビジネス」と呼ばれる新しいビジネスモデルが誕生した瞬間だった。伊藤
忠商事は、間髪入れず次々とブランドを導入。斜陽の輸入繊維部は存続の危機を
免れ、部の名は「ブランドマーケティング部」に変わり、飛躍的に拡大した。その
事業領域は今や繊維の枠を越え、衣食住全般にわたっている。
 僕はその後、別の会社に出向して伊藤忠商事を離れてしまったけれど、彼のこと
は気になっていた。伝え聞くところではますます勢いに乗っているものの、まわりは
彼をどう扱ってよいものか戸惑っているようだ。思うに、彼が古い固定観念を壊し、
新しい価値観を否応なしに突きつけてしまうからかもしれない。態度も相変わらず
生意気らしい。でも商人にとって大切なのは、そういう、突き抜けるチカラなの
ではないだろうか。ある時は思いっきり革新的に。ある時は歴史ある物の価値を
守り抜く。その瞬間は理解されないかもしれないし敵をつくるかもしれない。それ
でもなお、とんでもない突き抜け方のできる者こそが次の時代を切り開く。そんな
新しい商人が、ここ伊藤忠商事で育っていくのだと思う。伊藤忠商事は2010年、
彼、岡藤君を社長に迎えた。
 ところで岡藤君。最近あの頃のきみのような、生意気な眼をした若者に会わない?

ひとりの商人、無数の使命 伊藤忠商事

NO.2017027

広告主 伊藤忠商事
受賞 TCC賞
業種 金融・保険・公共・教育および学校
媒体 新聞
コピーライター 国井美果
掲載年度 2017年
掲載ページ 73