訴え
前回のコラムで、キッザニアで鉄道運転士のバイトをしていた経験を書かせていただきました。
せっかくなので、その時の話をもう一つ書かせてください。
キッザニアには、海外からのお客さんもよく来ます。
その日、僕が担当したのは、3歳の中国人の男の子でした。
その子はまだ3歳で、日本語も当然わからなければ、英語も全くわかりませんでした。
さて、どうやって意思疎通をしたらいいものか。
とりあえず、僕はその子を持ち上げて、鉄道シミュレーターの座席に座らせました。
そしてハンドルに子どもの手をかけさせ、一緒に引く、
すると、シミュレーター画面の中の電車がゆっくりと動き出します。
それを見て喜ぶ男の子。
ぱちぱちと手を叩いて、嬉しそうに叫びました。
その言葉の意味は僕にはわからなかったけど、
男の子が電車の運転を楽しんでいることはハッキリとわかりました。
電車が駅のホームに入ったらこのボタンを押して・・・
そしたら、ゆっくりハンドルを前に倒して・・・
言葉を使わずとも手を取りながら一緒に操作をすることで、男の子も運転士になりきって楽しんでいました。
そう。僕たちは、確かに通じ合っていました。
そこに、言語の壁なんてない。
年齢の差なんて関係ない。
少年と僕は、もうすでに同じ運転士としての「仲間」になっていたのです。
様子がおかしくなったのは、画面の中の電車が終点の駅を目指して走り始めた頃です。
運転士としての自覚が芽生え始めた男の子。
その使命感のある表情が、少しずつ曇り始めたのです。
一体どうしたというのか
そう疑問に思ったとき、僕の耳元で男の子がそっと呟きました。
「ニョー…」
僕は、困惑しました。
「ニョッ…ニョッ…」
そう言い、ハンドルから手を離す少年。
その顔は不安に満ちていました。
さっきまであんなに通じ合っていたはずなのに、彼が全くわからなくなりました。
「ニョー!ニョー!ニョー!」
ついには、運転席から降りようとする少年。
バタバタと体を動かす彼を、落ち着かせようと僕は抱き寄せました。
君の叫びは僕にはわからない。
でも、最後まで運転しよう。
だってそのハンドルには、電車に乗るたくさんの人の命が託されているのだから。
首をブンブンと必死に振りながら、何かを訴えかける男の子。
「ニョーーーーーーーーー!」
その最後の叫びが天井に響き渡った時、
抱き寄せた男の子から、生暖かいなにかが僕の制服に伝わってくるのを感じました。
それは、彼の小便でした。
運転席に広がっていく、黄色い水たまり。
パニックになる他の子どもたち。
走り回る清掃スタッフたち。
全ての騒ぎが落ち着き、バックヤードで自分の体を拭き終わった後、
僕は静かにスマホを手に取りました。
(検索)
「おしっこ 中国語」
(検索結果)
「尿」Niào
「ニョー」は、 「尿」でした。
彼は、僕にずっと伝えていました。
間も無く膀胱というホームから出発進行しようとしている、尿の存在を。
この日学んだ中国語を僕はこの先も忘れません。
「伝える」って難しいものですね。
広告も、尿意も。
皆さんも中国に行ってトイレが見つからない時には、「ニョー!」と叫んでみてください。
それではまた次回お願いします。