リレーコラムについて

ことだま

岩田泰河

先日、社会人や学生などクリエイティブ業界外の方々にクリエイティブをインストールする「toracoya(虎小屋)」というセッションに参加し、コピーについて講義をしてきた。

講義といっても、コピーを知らない方に、どうコピーの魅力を伝えるか。そこで考えたのが、とにかくコピーを100案、その場で書いてもらうという手法だった。

安達岳くん、水野百合江さんとやっていた「趣味としてのコピーLIVE」という、即興でコピーを書きまくるイベントの手法を応用して、みんなから見られている状況でもコピーを書きまくるという体験を通して、何が得られるのか、実験した。

結果的に、「ここまでことばに向き合うのは初めてで楽しかった」「自分でも思ってない考えが出てきて驚いた」といった好意的な感想をいただくことができた。

 

で、思ったこと。

 

ことばには特に意味も目的もゴールもなく、ことだまという魔力があることを忘れてはいけない。

 

コピーは、なんらかの意味や目的を達成するために書かれることばなので、

極論、

今なら5割引き、とか、

意味であり目的でありゴールである、機能100%のことばを書いてもコピーとして成立するし、こういうコピーがあってもいいのだけど。

じつはことばって、自分でも思ってなかったことを書いちゃって、たとえば、「宇宙は美しい」と書くと、もう宇宙が美しくないことは想像できなくなっちゃう、ことばに思考がひっぱられて戻れなくなっちゃう。そういう「ことだま」的な力があり、そこに意味も目的もゴールもターゲットもなく書かれてしまったことばであっても、それに向かって人は進みたくなってしまう。

もし、コピーがビジネスに貢献するために生まれたのだとしたら。

その力は意味であり目的でありゴールを目指すためではなくて、そのどれでもない、ことだまの力によって貢献できるのかもしれない。人の感情を駆り立て、予想外の場所にドライブしていくような。その力を忘れずにいたい。

なんか機能的になりすぎたことばは魅力を失う、という感覚だけが強く残ったので、まったく人に読んでいただくレベルの文章ではないけれど、備忘録としてメモしておきます。

 

岩田泰河の過去のコラム一覧

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6012 2025.12.08 打ち合わせ
6009 2025.12.04 にっこりあいさつ
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6034 2026.01.23 中山佐知子 インフルエンザとグレゴリオ聖歌
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