東京コピーライターズクラブ
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TCCホール・オブ・フェイムは、その名の通り「コピーライターの名誉殿堂」。
広告コピーのクオリティと社会的評価を高めるうえで
顕著な功績を残された先達を称え、
その偉大な業績を後世に伝えるために2003年から制定された顕彰制度です。
選考方法
TCC在籍30年以上の会員および現職幹事会員の意見を参考とし、
TCCのHALL OF FAMEプロジェクトメンバーがさまざまな観点から検討して、顕彰対象者を決定します
顕彰方法
殿堂入りとなった方については、その年度のコピー年鑑で紹介する一方、それを称えるエンブレムが1対作成され、ひとつはご本人へ贈呈、ひとつはTCCのクラブハウス内に設けられた殿堂HALL OF FAMEへ収められ、クラブハウスを訪れる人にその栄誉を伝えることとなっています。
殿堂入りされた方々
TCC HALL OF FAME 2011

- 清水 啓一郎
- Shimizu Keiichiro
プロフィール
1933年(昭和8年)、長野県生まれ。信州大学を経て、東京大学文学部卒業。博報堂制作部を経て、エージー創立に参加。副社長を経て、フリーとなる。「しみるなぁ、風呂上りの一杯」「ただよし、元気にやっとるきゃ?」の名セリフで話題になったカゴメの野菜ジュース広告や企業広告で、TCCクラブ賞、TCC特別賞、毎日広告デザイン賞、ADC賞を受賞。以降、TCC副会長や、数々の広告賞の審査員、さらには早稲田大学文学部講師を務めるなど、広告界の発展に大いに寄与した。
主な作品
- 「アドバタイジング・アート史1950-1990」美術出版社
- 「ART DIRECTION TODAY」美術出版社
- 「流通広告ハンドブック」繊研新聞社 (いずれも共著)
- カゴメ
- NEWSPAPER
- 1979年
- カゴメ
- NEWSPAPER
- 1980年
TCC HALL OF FAME 2011

- 鈴木 康之
- Suzuki Yasuyuki
プロフィール
1937年(昭和12年)、秋田県生まれ。早稲田大学仏文科卒業。在学中に同人誌「早稲田作家」を主宰。卒業後、桑沢デザイン研究所でデザインを学び、日宣美展奨励賞を受賞。コピーライターとして日本デザインセンターに入社し、アド・エンジニアーズを経て、独立しフリーとなる。1969年に株式会社タイム設立。「コピー年鑑」の中の先輩・後輩を師と仰いで作品を読解してきた研究が後に著書「名作コピー読本」となり、後進たちのバイブルとして長く愛読される。古今の優れたボディコピーの存在を世に知らしめたこと、多くの講座で後進の指導、育成に努めたこと、数々の企業広告シリーズを残したこと、加えて長年のあいだTCC幹事として貢献したことなどにより高く評価された。
主な作品
- 「名作コピー読本」誠文堂新光社
- 「新名作コピー読本」誠文堂新光社
- 「名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方」日本経済新聞出版社
- 「文章がうまくなるコピーライターの読書術」日本経済新聞出版社
- 協和発酵工業
- NEWSPAPER
- 1985年
- 誠文堂進光社
- NEWSPAPER
- 1982年
TCC HALL OF FAME 2011

- 坂本 進
- Sakamoto Susumu
プロフィール
1937年(昭和12年)、群馬県生まれ。前橋商業高等学校卒業。オリコミ宣伝技術部を経て、レマンへ。栗田工業、日本警備保障、ヤクルト、ユニオンクレジット、ダイヤモンド社、毎日新聞社などの広告を手がける。1970年代から西武百貨店のコピーを担当。「小さな手紙」「小さなカタログ」「ピックアップ西武」と続いた新聞突き出し広告のシリーズは、小型広告の金字塔となる。1982年、死去。
主な作品
- 追悼文集「坂本っちゃん いつまでも」レマン
- 「Pick up 西武」西武百貨店販売促進部
- 1978~1983掲載のシリーズ広告より
TCC HALL OF FAME 2010

- 朝倉 勇
- Asakura Isamu
プロフィール
1931年生まれ、東京出身。1960年1月、米国海軍戸塚無線送信所技術者から、ライトパブリシテイに転職、コピーライター1年生に。1975年マグナ代表取締役副社長。1991年よりフリー。その間、ヤマハ、サッポロビール、キヤノンカメラなど、数々の広告を手がける。2011年用の小学校国語教科書に、『コピーライター』が教材として初めて本格的に採り上げられ、作品として、1971年の公共福祉広告「さようなら、人類。」が紹介されることになった。日本ペンクラブ会員、日本現代詩人会会員、ドリームデザイン顧問。
主な作品
- 詩集『掟』書肆ユリイカ
- 『Expression 旅の写真と詩の旅と』日本航空
- 詩集『鳥の歌』思潮社(第4回丸山豊記念現代詩賞受賞)
- 詩集『田園とスケッチ』メディアファクトリー
- 『ポールと小鳥』童話屋
- 詩集『散骨の場所』書肆山田 ほか
- 日本楽器製造
- NEWSPAPER
- 1966年
- 毎日新聞社
- NEWSPAPER
- 1971年
TCC HALL OF FAME 2010

- 赤井 恒和
- Akai Tsunekazu
プロフィール
1934年生まれ、大阪出身。関西学院大学卒業後、3Gグループにてコピーライターとして仕事をはじめ、1961年、大阪より上京、日本デザインセンターに入る。1964年、電通へ移り、キッコーマン、生命保険協会、花王石鹸、旭化成工業、髙島屋、日本水産などの広告を手がける。朝日広告賞グランプリ、毎日広告デザイン賞など多数受賞。1989年、死去。
主な作品
- 生命保険協会
- NEWSPAPER
- 1971年
- キッコーマン醤油
- NEWSPAPER
- 1972年
TCC HALL OF FAME 2009

- 秋山 晶
- Akiyama Shou
プロフィール
1936年、東京生まれ。1958年、立教大学経済学部卒。同年、講談社入社、宣伝部勤務。1959年、バイクショップでYAMAHAのポスターと出会い衝撃を受け、そのデザインが細谷巖氏であることを知る。1964年ライトパブリシテイ入社。以来、キユーピー、サントリー、サッポロビール、キヤノン、大塚製薬など数々の広告を手がけ多数の広告賞を受賞する。現在、ライトパブリシテイCEO。
主な作品
- 「秋山晶 全仕事」(マドラ出版)
- 「秋山晶の仕事と周辺」(六耀社)
- 「A KA RI」(リトルモア)
- 「アメリカン マヨネーズシリーズ」(ビジネス社)
- サッポロビール
- NEWSPAPER
- 1971年
- キャノン販売
- NEWSPAPER
- 1978年
TCC HALL OF FAME 2009

- 近藤 朔
- Kondo Hajime
プロフィール
1923年、鳥取生まれ。1947年、慶應義塾大学法学部卒。同年、電通入社。その洋風で洒脱なキャラクターをコピーに結実し、キッコーマン、サッポロビール、モービル石油など、数々の広告を手がける。1958年、TCC前身のコピー十日会創立に参加。1962年TCC創立。1965年電通コピー局長就任。1979年から1984年まで、東京コピーライターズクラブ会長を務める。1985年、電通を退社。1990年、死去。
- 野田醤油
- NEWSPAPER
- 1963年
- 野田醤油
- NEWSPAPER
- 1963年
TCC HALL OF FAME 2009

- 天野 祐吉
- Amano Yukichi
プロフィール
1933年、東京生まれ。明治学院大学を中退後、創元社など出版社数社を経て、1961年博報堂入社。月刊誌「広告」の編集を担当。その後独立し、友人たちとプロダクション「マドラ」を設立。1979年4月「広告批評」を創刊、初代編集長を務める。1982年、広告学校を開校、全50期を通して、多くのコピーライターを育てる。朝日新聞「CM天気図」をはじめマスコミに数々の評論を執筆。2002年、松山市立子規記念博物館の館長に就任。
2009年「広告批評」は4月号をもって終刊。
主な作品
- 「広告みたいな話」(新潮社)
- 「嘘八百!」(文藝春秋)
- 「見える見える」()
- 「おかしみの社会学」(マドラ出版)
- 「広告論講義」(岩波書店)
- 「天野祐吉のことばの原っぱ」(まどか出版)
- 「私設広告五千年史」(新潮社)
- マドラ
- 1971年
- マドラ出版
- 1978年
TCC HALL OF FAME 2008

- 新井 静一郎
- Arai Seiichiro
プロフィール
多くのコピーライターを育てることにより電通クリエイティブの基礎をつくった だけでなく、広告制作者に関する著作を次々に発表。中でも「コピーライター」 は60年にわたるコピーの系譜を記録して高く評価された。1907年、東京生まれ。 1932年、アドライターとして森永製菓入社。1941年、退社。 1947年、電通入 社。48日間にわたるアメリカ広告事情視察旅行のレポートが、日本の関係者に大 きな影響を与えた。宣伝技術局長、常務取締役を経て、 1969年、退社。1989 年、東京ADCより殿堂入りの表彰を受ける。1990年、死去。
主な作品
- 「アメリカ広告通信(復刻版)」ダヴィッド社
- 「ある広告人の記録」ダヴィッド社
- 「ある広告人の日記」ダヴィッド社
- 「ある広告人のエッセイ」ダヴィッド社
- 「コピーライター」誠文堂新光社
- 「広告をつくる技術者たち」美術出版社
- 「広告人からの手紙」誠文堂新光社
- 「グラフィックデザイナー」誠文堂新光社
- 「広告の中の自伝」マドラ出版
- 森永製菓
- MAGAZINE
- 1938年
- 「コピーライター」
- 誠文堂新光社
- 1979年
TCC HALL OF FAME 2008

- 山口 瞳
- Yamaguchi Hitomi
プロフィール
人生の機微に触れる言葉でウイスキーを語り、広告コピーの新しい世界を開い た。特に成人式などの折の広告は、若い人々に対する厳しくも心優しいアドバイ スとして大きな影響を及ぼした。1926年、東京生まれ。1946年、作家・評論家が 教鞭をとる鎌倉アカデミーに入学。1954年、國學院大學卒業。河出書房で編集に 携わる。1958年、寿屋(現・サントリー)に入社。PR誌「洋酒天国」の編集のほ か、コピーライターとして広告も手がける。1963年、「江分利満氏の優雅な生 活」によって直木賞受賞。1995年、死去。
主な作品
- 「江分利満氏の優雅な生活」文藝春秋新社
- 「男性自身」新潮社
- 「小説・吉野秀雄先生」文藝春秋
- 「酒呑みの自己弁護」新潮社
- 「血族」文藝春秋
- 「居酒屋兆治」新潮社
- 「君等の人生に乾杯だ!」講談社
関連著書
- 「トリス広告25年史」サン・アド
- 「「洋酒天国」とその時代」筑摩書房
- 「山口瞳 江分利満氏の研究読本」河出書房新社
- 寿屋
- NEWSPAPER
- 1961年
- サントリー
- NEWSPAPER
- 1978年
TCC HALL OF FAME 2006
- 黒須田 伸次郎
- Kurosuda Shinjiro
プロフィール
1912年、東京生まれ。1934年、森永製菓入社。宣伝部の広告文案家として、キャラメルなど数多くの商品広告を担当。また、消費者を交響楽団の演奏会に招待する「プロムナード・コンサート」や、一般から歌詞を募集してレコード化する母の日キャンペーン「森永 母の日」など、日本にそれまでなかったPRイベントを手がける。1938年、森永製菓退社。1942年、召集されて戦地へ。戦後は、博報堂顧問などを経て、1970年、広告技術研究所を設立。広告学校校長を務める。
- 森永製菓
- NEWSPAPER
- 1934年
- 森永製菓
- NEWSPAPER
- 1937年
TCC HALL OF FAME 2006
- 竹岡 美砂
- Takeoka Misa
プロフィール
1916年、神戸生まれ。兵庫県立第二神戸高女・研究科を卒業後、ファッション・デザイナーとなる。1952年、アートディレクター竹岡リョウ一氏と結婚。1956年、夫と共にナショナル宣伝研究所を設立。日本ビクター、帝人、松下電器などの広告を手がけ、コピーを担当する。主婦の感覚が生きている表現は広く共感を呼び、数多くの賞を受賞した。この間、コピー制作に携わる一方、室町時代の「辻が花染」の継承者・久保田一竹氏に師事、友禅を学ぶ。現在は手描き友禅を教える傍ら、自宅アトリエで作品を創る。
- 松下電器
- NEWSPAPER
- 1957年
- 松下電器
- NEWSPAPER
- 1960年
TCC HALL OF FAME 2006

- 向 秀男
- Mukai Hideo
プロフィール
1923年、東京生まれ。日本麦酒を経て、1957年、ライトパブリシテイ入社。1970年、同社取締役副社長になる。この間、ブリヂストン、東レ、キャノン、シチズン、日本楽器、東陶、日産プリンス、ブラウンなど、話題となった広告を数多く手がけ、数多くの賞を受賞。日本を代表するアートディレクターの一人として理論と実践の両面で活躍する一方、コピーも担当した。また、東京アートディレクターズクラブ委員、美術大学講師を務める。1976年、ライトパブリシテイを退社、フリーランスとなる。1992年、東京アートディレクターズクラブのホール・オブ・フェイムに選ばれる。同年、死去。
- 東洋陶器
- NEWSPAPER
- 1969年
- 日産プリンス
- NEWSPAPER
- 1972年
TCC HALL OF FAME 2005

- 片岡 敏郎
- Kataoka Toshiro
プロフィール
1882年、静岡県生まれ。日本電報通信社(現・電通)を経て、1914年、森永製菓入社。主力製品ミルクキャラメルの広告に才能を発揮して当時の広告界を驚かせた。1919年、寿屋(現・サントリー)へ広告部長として入社。赤玉ポートワインの広告が世の注目を集める。缶入歯磨スモカ発売と同時にユニークな小型広告を開始。1933年、新会社「寿毛加社」(現・スモカ歯磨)の役員として迎えられた後も、様々な画家をイラストレーターとして起用しつつ、長年にわたりスモカのコピーを書く。1945年、死去。。
関連著書
- 東京コピーライターズクラブ編「広告エポックの人 片岡敏郎」誠文堂新光社
- 「片岡敏郎 スモカ広告全集」マドラ出版
- 大政千江「ちいさな喜びと日々-父からの贈りもの」三陸書房
- 寿毛加社
- NEWSPAPER
- 1941年
- 寿屋
- NEWSPAPER
- 1930年
TCC HALL OF FAME 2004

- 上野 壮夫
- Ueno Sofu
プロフィール
1905年、茨城県生まれ。早稲田の露文科に学び、詩・評論などを発表。やがてプロレタリア文学活動に参加、治安維持法違反の容疑で逮捕、拘留される。 1945年の終戦後は、花王石鹸で広告のディレクター、コピーライターとして活躍。久保田宣伝研究所、武蔵野美術大学、日本デザイナー学院などで広告制作について講義する一方、日本広告技術協会、文部省国語審議会などの役職を引き受ける。1962年の東京コピーライターズクラブ創立以来、17年間にわたって会長を務める。その間、1966年に広告制作会社U.P.R(上野プランニングルーム)を設立。1979年、死去。
主な作品
- エッセイ「老けてゆく革命」永田書房
- 詩集「黒の時代」栄光出版社
関連作品
- 堀江朋子「風の詩人—父上野壮夫とその時代」
- 朝日書林
- 花王石鹸
- NEWSPAPER
- 1952年
- 花王石鹸
- NEWSPAPER
- 1955年
- 花王石鹸
- NEWSPAPER
- 1957年
TCC HALL OF FAME 2004

- 西尾 忠久
- Nishio Tadahisa
プロフィール
1930年、鳥取市生まれ。関西大学経済学部卒。三洋電機宣伝部を経て日本デザインセンターでコピーチーフとしてトヨタ自動車、「太陽」、野村證券などを担当。「太陽」誌の創刊広告でその年のADC賞、朝日広告賞、毎日商業デザイン賞を受賞。アド・エンジニアーズを設立し富士銀行などを担当。その間、米国の優れた広告を紹介するとともに、多摩美大で「広告コンセプト」を38年間講じた。最近は各地の文化センターで「鬼平犯科帳」を素材にした日本人の精神風土論を講じている。
主な作品
- 「フォルクスワーゲンの広告キャンペーン」美術出版社
- 「効果的なコピー作法」「みごとなコピーライター」「劇的なコピーライター」いずれも誠文堂新光社
- 「ミステリー風味ロンドン案内1,2」「ベルギー風メグレ警視の料理」いずれも東京書籍
- 「江戸の中間管理職―長谷川平蔵」文春ネスコ
- 「剣客商売101の謎」新潮文庫など
- 富士銀行
- NEWSPAPER
- 1969年
- 平凡社
- NEWSPAPER
- 1963年
TCC HALL OF FAME 2003

- 土屋 耕一
- Tsuchiya Koichi
プロフィール
1930年、東京生まれ。生家は写真館。少年時代を麻布で過ごす。1956年、資生堂宣伝部に入り、コピーライターとして仕事を始める。1960年、ライトパブリシティへ移り、同社企画部長、副社長を経て1976年、フリーランスとなる。この間、東レ、伊勢丹、明治製菓、キッコーマンなどの広告を手がける。1991年から1997年まで、TCC会長。1994年から1997年まで、愛知県立芸術大学客員教授。1991年、日本宣伝賞・山名賞を受賞。2002年、画家としてコラージュ展「天風回窓」を開く。同年、東京アートディレクターズクラブのホール・オブ・フェイムに選ばれる。
主な作品
- 新書「コピーライターの発想」
- 作品集「土屋耕一全仕事」
- 回文集「軽い機敏な子猫何匹いるか」 随筆集「さも虎毛の三毛」
- コラム集「生活愉快」
- 句集「臨月の桃」など
- キッコーマン
- MAGAZINE
- 1981年
- キッコーマン
- MAGAZINE
- 1981年
TCC HALL OF FAME 2003

- 開高 健
- Kaiko Takeshi
プロフィール
1930年、大阪生まれ。父は小学校教諭。1954年、寿屋(現・サントリー)に入社。トリスウイスキーなどのコピーを手がけるとともに、PR誌「洋酒天国」の編集に携わる。1958年、「裸の王様」で芥川賞を受賞。同年、寿屋を退社し嘱託となる。1960年、日本文学代表団の一員として訪中し毛沢東や周恩来と会見。1964年、サン・アド創立に伴い取締役に就任。1965年、ベトナム戦地取材中、解放戦線に包囲されるが死地を脱出。1968年、「輝ける闇」で毎日出版文化賞を受賞。1980年、サントリーのCMなどで各種広告賞を受賞。1987年、「耳の物語」で日本文学大賞を受賞。1989年、死去。
主な作品
- 「パニック」「日本三文オペラ」「ベトナム戦記」「フィッシュ・オン」
- 「ロマネコンティ一九三五年」 「最後の晩餐」「オーパ!」「もっと遠く!」「もっと広く!」など
- 寿屋
- NEWSPAPER
- 1961年
- サントリー
- POSTER
- 1979年
TCC HALL OF FAME 2003

- 梶 裕輔
- Kaji Yusuke
プロフィール
1931年、大阪生まれ。1955年、電通に入る。1959年、同社を退社し、フリーランスのコピーライターとして朝日麦酒などの仕事をする。1960年、日本デザインセンターの創立に参加、アサヒビール、野村證券、トヨタ自動車など各社の広告づくりを担当する。そのほか、国鉄民営化に伴うJRマーク、新しいトヨタマークなど、CIのディレクションを手がける。これまでに、朝日広告賞、毎日商業デザイン賞、日経広告賞、広告電通賞などを受賞。日本デザインセンター最高顧問。
主な作品
- 「広告の創造性」誠文堂新光社
- 「生きているキャッチフレーズ全書」自由国民社
- 「広告は変わる、広告を変える」ダヴィッド社
- 「かくも雄弁なクルマたち」二玄社
- 「広告の迷走」宣伝会議など
- 朝日麦酒
- NEWSPAPER
- 1960年
- トヨタ自動車
- NEWSPAPER
- 1965年
