TCC:リレーコラム
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TCCとは東京コピーライターズクラブの略称。東京を中心に日本全国で活躍するコピーライターやCMプランナーの団体です。フリーランスもいれば、広告代理店や制作プロダクションなどの会社に所属している会員もいます。毎年春、優秀な広告作品を選出してその制作者を「TCC賞」として発表し、また秋には、TCC賞を受賞したものを中心に会員の優秀な作品を集めた「コピー年鑑」を発行するのが、その主な活動です。
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2010-03-10 11:35:00.460718
つんく。
東京コピーライターズクラブ
つんく。
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「どうしてコピーライターになったのですか?」
会社に入って5年目ともなると、
こういう質問をされることが多くなってきます。
うーん・・・、あたしは悩みます。
じつをいうと、コピーライターという職業を意識したのは、
入社後のことだったからです。
会社に入ってみて、ここで生きていくにはコピーライターしかない、
そう思ったのが本当のところなのです。
じゃあどうしてコピーライターしかない、そう思ったのか。
それを説明するには、自分の過去を振り返っていくしかありません。
そこで思い出したのが、“つんく”です。
そう、バイバイありがとうさようなら、のつんくです。
当時中学生だったあたしは、つんくが大好きでした。
友だちにも、親にも、駄菓子屋のオヤジにまで、趣味悪い・眉毛細い・上沼恵美子、
と散々な言われようでしたが、もちろんそんなことは分かってました。
かっこ悪くて、ださくて。でも、そこがかわいく思えて仕方なかったのです。
いま考えると、なんて複雑な性癖をもった女子中学生だったのだろう、と思いますが。
で、少女は、彼に会えるためにはどうすれば良いのかを考えるわけです。
つんくはキャバクラが大好きだから、キャバクラ嬢という道もあるかもしれない。
でも、ファーストフードのバイトだけで客と喧嘩をしてしまう性格なので、
キャバクラ嬢は無理だとあきらめました。
そこで出てきた答えが、「そうだ東京、行こう。」でした。(名コピーを、すみません先輩。)
で、地元鹿児島から東京に行くために、東京の大学を選ぼう、
そしてマスコミの世界に入ろう、と夢を膨らませたのです。
まあ時が経つに連れて、少女は、無事につんくから目を覚ますのですが、
あの頃抱いた東京への夢は、いろいろとカタチを変えつつも、
複雑な性癖を持った少女を2010年3月10日のあたしへと導いてくれました。
結局、コピーライターになるにも、キャバクラ嬢になるにも、何になるにも
初期衝動って大切なんだなぁと思うのです。
「どうしてコピーライターになったのですか?」
「初期衝動に、導かれて。」
そんな台詞を吐いたとしても
許してもらえるような
コピーライターになりたいです。
☆
本当は、記念すべき第二回目のコラムでは
「横浜F・マリノスがなぜ最近タイトルを獲れないか」について
言い訳をたれ流そうかと思ったのですが、辛くなるのでやめました。
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2010-03-08 23:50:35.35567
日本にいて、日本が恋しいと想った日々。
東京コピーライターズクラブ
日本にいて、日本が恋しいと想った日々。
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はじめまして。
鶴さんから、バトンをもらった
大重絵里と申します。
彼女からの引き継ぎのコメントにもありましたが
バンクーバー五輪が開幕してからというもの、
のべ217回ほど、カーリング娘のマリリンに似ていると言われつづける日々でした。
五輪の最中は、
電車で知らない人からコソコソ言われてそのあとクスッと笑われたり、
新橋の定食屋さんでおばちゃんから「日本のために、残さず食べなさい!」
と激励されてみたり、
ツイッターでそのことをつぶやいたら、瞬時にフォローが8人くらい増えたりと
まるであたしも日本を背負ってるんじゃないかと、残念な勘違いをしてしまうほど
貴重な日々を過ごさせてもらいました。ありがとう、バンクーバー!
☆
外見はカーリングですが、
内面は横浜F・マリノスに精神を捧げているので
記念すべき第1回目のコラムには、横浜F・マリノスが、
どれほど最高であるか、を叫ぼうと思ったのですが、
先週土曜日の開幕戦で負けたのでやめました。
では、またあした。
ヤーップ。
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2010-03-05 10:38:52.276001
「そだてる」を考える。
東京コピーライターズクラブ
「そだてる」を考える。
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福本伸行という漫画家が好きです。
『カイジ』や『アカギ』と聞けばピンとくる方も多いのでしょうか。
「そんなの知らないし、聞いたことない」という人は
正直言ってかなりうらやましい。
なぜなら、初めて彼の作品に触れたときのあの震えを、動悸を、躍動を、
これから味わうことができる人なのかと思うと、あぁもう心底うらやましい。
(いわば、福本伸行処女とでもいうべきか)
福本作品について思いの丈を述べはじめると
このコラム上に最低半年は居座らないといけなくなりそうなので
しぼりにしぼってひとつだけお話しして、
今週の締めとさせていただこうと思います。
妊娠判明前、私の趣味はスロット(ときどき麻雀)でした。
馬やボートには全く興味ありませんでした。
夫(当時彼氏)とはデートらしいデートをした覚えはありません。
「今日どこ行く?」という会話は
映画なのかカラオケなのかネズミーランドかという意味ではなく、
どのエリアのどの店舗で、何のイベントのどこの台を攻めるかという意味でした。
そんな賭け事好きなカップルですから、
ギャンブル漫画の金字塔と呼ばれる福本作品は
当然2人して崇拝しているわけで。
多くの福本ファンが彼の作品を愛する要素の一つに、
作中に散りばめられた数々の「名言」の存在があります。
中でもとりわけ有名なもののうちのひとつ。
「金は、命より重い」
まぁ、これだけ見るとただの非人道的な発言のようですが、
このセリフが出たのにはちゃーんと深い背景があります。
(よかったらぜひ読んでみてください)
私も夫も、この言葉を信じ、生きてきました。
私のおなかに、このちいさな命が宿るまでは。
育児は育自である、という言葉を聞いたことがあります。
言葉遊びと言われてしまえばそれまでですが、
私は素直に、いい言葉遊びだと思っています。
「そだてる」のは、子どものことだけではなく、
夫として、妻として、父として、母として、
家族の一員としての自分を育てるということ。
誰もが頭じゃわかっているけれど、
実行するのは、そこまで簡単なことじゃない。
でも、毎日ちょっとずつでいいから、ゆっくり成長していく。
このことを忘れずに、子育て、いや、家族育てに励みたいと思います。
子どもが出来たことをきっかけに
一切のギャンブルやムダ遣いから当然のごとく足を洗った私たちは、
昨年の11月に結婚式を挙げました。
そのとき作っていただいた寿ビデオの中で、
夫はこんなセリフを吐いています。
「僕ら、やっとわかったんです。
金も、命も、重いんですよ」 と。
さて、のらりくらりとお送りしてきました育児日記ですが、
本日でおしまいとなりました。
お付き合いくださった方々に、厚く御礼申し上げます。
次週のコラムですが、
2009新人賞同期の大重絵里さんにお願いいたしました。
今年のバンクーバーで人気に一気に火がついた
カーリングの本橋選手似のかわいこちゃん(先輩ですが)です。
確かいま彼氏いなかったと思います。
いたらごめんなさい。
いなかったらなおのことごめんなさい。
では、大重ねーさん、よろしくです。
つるかなこでした☆
〜本日の育児日記〜
(生後20日め)
7:20 おしっこ おっぱい
10:10 おしっこ おっぱい
12:00 おふろ
12:30 おしっこ おっぱい
14:30 おしっこ おっぱい
17:00 うんち おしっこ おっぱい
20:10 うんち おしっこ おっぱい
22:40 おしっこ おっぱい
0:40 おしっこ おっぱい
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2010-03-04 09:51:31.443555
「おっぱい」を考える。
東京コピーライターズクラブ
「おっぱい」を考える。
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先日、新生児の娘の経過観察のため
自宅訪問に来てくれた看護師さんに、
娘の体重増加量が平均の倍を越えていることを告げられた。
一人娘の小町は、
完全なるおっぱい星人(←古い)である。
世の中のおっぱい派とおしり派は
さながら自民・民主の2大政党と並ぶがごとく両巨頭ぶりをふりまき
互いに与野党をめぐって日夜論議がなされているが、
所詮彼らはおっぱいやおしりによって
生かされているわけでもなんでもない。
小町にとっては、
おっぱいは嗜好品ではなく食糧、
明日に繋ぐ命の糧なのだ。
2時間おきに彼女はおっぱいを要求する。
すぐに差し上げられるときはいいが、
たまたま手が離せないタイミングだったりすると
親のカタキのように泣き叫ぶ。(親は目の前に健在)
やっとの思いで駆けつけ、ようやくその愛くるしい小さなおくちに
おっぱいを含ませてやる。
すると、たった今まで壊れた目覚まし時計のように騒いでいたのがピタリとやみ、
かわりにその可愛いおめめを大きく見開いて必死におっぱいに喰らいつく。
夫にもここまで激しく吸われたことはない。
そうこうしていると1時間もしないうちに、
私のおっぱいはパンパンに張ってくる。
これがまた、ジンジンとしびれるような痛みやつらさを伴う。
小町も私のおっぱいがないと生きていけないが、
私も彼女に飲んでもらうことでこのつらさから解放されている。
もはや夫の出る幕はない。
そんな私は、彼女のことを敬意を込めて
「搾乳器」と呼んでいる。
〜本日の育児日記〜
(生後19日め)
5:00 おっぱい
7:30 うんち おしっこ おっぱい
10:30 おしっこ おっぱい
12:00 うんち おしっこ おっぱい
13:40 おふろ
14:00 うんち おしっこ おっぱい
15:40 うんち おしっこ おっぱい
17:20 うんち おしっこ おっぱい
19:00 おっぱい
21:50 うんち おしっこ おっぱい
3:00 うんち おしっこ おっぱい
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2010-03-03 08:26:44.218472
「生みだす」を考える。(後編)
東京コピーライターズクラブ
「生みだす」を考える。(後編)
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正直言って、 そのときのことは、 あまり覚えていない。
かろうじて思い出せるのは、
噴き出す羊水と、
顔も手足もくしゃくしゃのエイリアンがいたことと、
じいちゃん(※院長)が私の股の間からVサインで
母の構えるカメラに応じていたこと。
視覚的な記憶だけ。
痛みといった「感覚」の記憶は、すっぽり抜け落ちていた。
その後、助産師さんが手慣れた様子で
処理したエイリアンを私の腕にしっかりと抱かせた。
これはもしかして、私の赤ちゃんなのかな・・・?
やっと実感が湧いてきたころ、
じいちゃん(※院長)は私の無防備な下半身に容赦なく処置を施した。
・・・痛っっっ てぇえぇぇ〜〜〜!!!!!!!
後陣痛と胎盤の処置、会陰縫合の為の麻酔、
じいちゃん(※院長)はとても引退間際とは思えないほど手際よい。
(ただしメチャメチャ痛い)
しかしエイリアンを抱かされている私は
当然暴れたり逃げたりすることはできず、
むしろ勝手に泣き叫ぶその物体を勢いで落っことしてしまわんよう
ぐっとこらえるしかなかった。
いま考えると、あれは作戦だったのだと思う。
子どもに注射をするときに、
風車などの玩具で気を引かせる行為に似ている。
--深夜2:15 破水、
早朝5:05 出産。
こうして、私の初産は3時間足らずで終わった。
仕事にしろ赤ん坊にしろ、
何かを生みだすという行為は本当に素晴らしいことなのだと思う。
そのためなら、自分がどんなにつらい思いをしてもかまわない。
それどころか、つらい思いをできることが幸せにさえ思えてくる。
そんな純粋さが、そこにはある。
あのときのエイリアンは、
安らかな寝顔で今日もそばにいてくれている。
だから、朝が毎日、待ち遠しい。
〜本日の育児日記〜
(生後18日め)
5:00 おっぱい
8:00 うんち おしっこ おっぱい
10:40 おっぱい
11:50 おふろ
12:20 うんち おしっこ おっぱい
16:00 おしっこ おっぱい
19:00 うんち おしっこ おっぱい
21:30 うんち おしっこ おっぱい
1:20 おっぱい
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2010-03-02 08:37:15.040079
「生みだす」を考える。(前編)
東京コピーライターズクラブ
「生みだす」を考える。(前編)
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よく、仕事の調子のことを「難産」とか、
出産に例えて言うことがありますね。
(「安産」は残念ながらあまり聞かない気がしますが)
実際私は18日前に、赤子を生んだところでありんす。
生まれて初めて生んだのでありんす。
出産に対しては、不安より期待と楽しみの方が勝ってました。
臨月に入ってからも、
「いつ陣痛が来るっちゃろ?どがん風に来るっちゃろか??」と
ドキドキ・ワクワクを楽しんでいたくらいです。
その瞬間は、突然訪れました。
私は里帰り中の実家のリビングで
いつもどおり家族と過ごしていました。
夜もふけ、眠たくなってきたので
CDのIさんに今日もこき使われたとわざわざ東京から電話で愚痴る夫に
おやすみを言い布団に横になりました。
ちょうど夜中の2時をまわったときです。
おなかに「ブツン」という違和感があり、目を覚ましました。
「?」
なんとなく体を右に傾けてみると、水がサーッと流れ出していくような感覚。
破水でした。
急いで母を起こしました。
しかしこういうとき母親って、
自分も(大昔)生んだことあるもんだからムダに冷静。
冷静すぎて、すでに陣痛の感覚が3分おきになってる娘に向かって一言、
母 「んなワケないない(笑)」
カンベンしてよ・・・
そんなウソつくか・・・
娘やめるぞ・・・
なんとか信じてもらえて、やっとの思いで産婦人科へ到着。
定期的に収縮する子宮の痛み、陣痛。
いよいよ、はじまるんだ・・・
すると、助産師さんから
すでに子宮口が7〜8センチ開いていることを聞かされます。
(初産ではそこまで行くのに10時間越すこともざらなのだそうです。
私は破水で目覚めてからこの時点まで、約40分程度でした)
産婦人科の母親学級で、
「陣痛は、『痛』と書くばってん、
『痛』ばかりに気を取られたら、苦痛なもんでしかなか。
陣痛の正体は、『子宮の収縮』。
子宮が収縮せんば、赤ちゃんには会えんとばい」
「陣痛って、母ちゃん(※妊婦のこと)の苦しみのことと思いよるやろ?
いちばんきつか思いばすっとは、赤ちゃんよ」
そんな話を聞いたことを
分娩台に横たわったまま必死で思い出していました。
けど・・・・やっぱり、、、、痛い。。。
1〜2分おきにくる波が毎回
10年に1度の忘れられたビッグウェーブ並みに痛い。
でも、「痛い」って口に出したら、
赤ちゃんに苦痛を押し付けるみたいで、いやだった。
ひたすら息を吐く。
ちっとも痛くなんかないフリをする。(誰にって、自分に。)
ほんとは吐きそうに痛い。
いまどの段階なのかもわからない。
このつらさが、あとどのくらい続くのかもわからない。
ひたすら、息を細く長く、吐くことしかできない。
もうダメ。
負けそう。
「痛い」って、言っちゃいそう。
いや、負けない。負けそう。ダメだ。
そのときだった。
つづく
〜本日の育児日記〜
(生後17日め)
4:00 おっぱい
7:20 うんち おしっこ おっぱい
10:40 おしっこ おっぱい
11:40 おふろ
12:00 おしっこ おっぱい
15:30 おしっこ おっぱい
16:30 おっぱい
19:40 うんち おしっこ おっぱい
21:20 うんち おしっこ おっぱい
0:20 おしっこ おっぱい
1:40 おっぱい
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2010-03-01 08:23:02.16343
「名づける」を考える。
東京コピーライターズクラブ
「名づける」を考える。
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みなさん、こんにちは。
鶴香奈子(つるかなこ)と申します。
いよいよ3月に入りましたね。
渡邉寛文さんより
「新米ママの送るあったかコラムを書け」
と半ば無理矢理バトンを渡されました。
というわけで今週は
新生児の育児日記を交えつつ、まったりお送りしたいと思います。
よろしければ、1週間お付き合いください。
渡邉さんの最終コラム(2010.02.28)は、
ご自身のお名前にまつわる話、
つまりネーミングについてでした。
私も最近、結構大きなネーミングの仕事に関わりました。
17日前に、初めて生んだ赤ん坊(♀)の名前です。
とはいえこの子の名前、案外あっさり決まったような気がします。
主人が一言ぽろっと出した案に対し、
私が思いっっっきり食いついた・・・っていう、ただそれだけなんですけど。
それ以来、おおきなおなかに向かってずっとその名前を呼びかけてました。
それ以外の名前は、もう一切頭をよぎりませんでした。
でも、この子が小学生になったときに、
「宿題で自分の名前の由来を作文にしてきなさいって言われたから教えて」
って言われたら、
「勘」
世界一短い作文しか書かせてやれない気がします。
でも、ほんとそれ以外説明ができません。
(フィーリング、でもいいですが)
なーーんかパッと「それだ!!」って思ったんですよね。
幸い、名前を言うと「珍しくていい名前ですね」と
おほめいただくことが多いです。
「どうしても言葉ではうまく説明できないんですけど、
なんかこれゼッタイいいと思いません??」
っていうプレゼンも、たまにはいいんじゃないですかね。
(通るかどうかは別ですけど)
そんなわけで。
われわれ夫婦がつけた初めての娘の名前は、
角田 小町(つのだ こまち)
です。
カワイイでしょ??(←親バカ)
でも名前より実物の方がもっとカワイイんです☆☆(←超親バカ)
あ、ちなみに「鶴」は旧姓です。
〜本日の育児日記〜
(生後16日め)
5:00 おっぱい
7:50 おしっこ おっぱい
10:00 おふろ
10:10 おしっこ おっぱい
13:30 うんち おしっこ おっぱい
15:45 うんち おしっこ おっぱい
18:30 うんち おしっこ おっぱい
19:30 うんち おしっこ おっぱい
21:50 うんち おしっこ おっぱい
23:40 うんち おしっこ おっぱい
4:00 おっぱい
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2010-02-28 13:06:30.780193
夢のコラム(5)
東京コピーライターズクラブ
夢のコラム(5)
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それは、まだ羊水の中でうごめく胎児だった頃の僕。
父と母はおなかの子に「寛文」という名前を授けました。
ただ、この名前は、父と母が考えてつけた名前ではないようで、
お坊さんに考えてもらったようです。
自分の名前を考えてくれた人はアカの他人か、
と聞いたときはちょっとヘコみましたが、
それはそれ。
僕は、自分の名前が気にいっています。
なんとなく「寛文」の「文」という文字に導れて、
いまコラムという名の文章が書けている気さえしていますし。
僕はいまでこそCMプロダクションの企画演出部で
どっぷりとクリエイティブをやれていますが、
その前は広告代理店で営業をやっていました。
前の会社はチラシをメインに扱う広告代理店で、
辞める前は100社くらいを担当していて、
精神的にはそれなりに忙しかったのですが、
僕はどうしても広告を作りたかったので、
得意先から得意先への移動の時間、昼食の時間、
喫煙所、帰宅後から寝る直前、土日祝日といった感じで、
いろんな空き時間を利用しつつ、
ケータイひとつでコピーを書いてました。
ちょっと友達が減ったりしましたが、
作ることをぜったいにあきらめたくなかったので、自分を貫き通しました。
その結果、いい出会いに恵まれたこともあり、
こういうところでコラムが書けています。
だから、いまこのコラムを見ていて「クリエイティブがやりたいのにできない」
という環境にいる人は、そんなに絶望的ではないかもしれません。
その気になれば、どんなひとでもどんな環境でも
コピーは書けると思います(例外はあると思いますが)。
もちろん人によって書く対象とか、割ける時間とか、行き着きたい場所は
違ってくると思いますが、書けることは書けると思います。
だから、がんばってください。
信じて動いていれば、きっと何かが動きます。
(僕の場合は、すごく尊敬できる人に出会えて、
ほかにもいろんな人が僕を目指す方向へ後押ししてくれました)
僕も信じてがんばります。
と、話はちょっとそれましたが、何が言いたかったかっていうと、
名前って大事です。
ネーミングしかり。
僕の場合、名前に「文」がついてる分、
なんとなく文章に気を使って生きてきましたし(全然まだまだですが)、
そっちの方向に自然と夢が広がっていきました。
広告でも、ネーミングがいいとそれだけコミュニケーションがらくになる、
とどこかの偉い人が言っていました。
だから、もし、このコラムを見ていて「そろそろわたしもお子を…」
とお考えのかたは、くれぐれも慎重に。
僕の場合、名前で夢が広がったところもあるので。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
という感じで、
内容の薄いコラムに一週間もお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
途中、ほんとうにくだらないコラムもいくつか入りましたが、ご容赦ください。
読んでしまった方には、お詫びします。
さて、つぎのコラムは、
さいきんママになられたばかりで新人賞同期の鶴香奈子さんにお願いしました。
(鶴さん、お休みのところご快諾いただいて、ありがとうございます。)
きっと、あったかいコラムになるんじゃないでしょうか。
たのしみです。
と、いうことで、僕はこのへんで。
それでは、みなさん、いい夢を。
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2010-02-27 17:55:35.11382
夢のコラム(4)
東京コピーライターズクラブ
夢のコラム(4)
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それは、まだイタイケな幼稚園児の僕。
と、ちょっとオトナになった大学生の僕の話。
幼稚園児の頃の僕は、とにかく乗り物が苦手でブランコすら酔ってしまう
デリケートなこどもでした。
乗り物が苦手ということは、ほぼほぼ必然的に遠出が苦手ということになるので
「家族そろって行楽地までお出かけ」という普通のこどもなら
当たり前に喜ぶことが、僕は当たり前に好きでありませんでした。
そんなんだから、特に遊園地に行くというイベントは、
僕にとっては地獄のようなイベントで、それはあの夢の国といえども一緒でした。
ミッキーやミニーは
鋭いキバやツメをどこかに隠している地獄からの使者に見えましたし、
アトラクションに乗るための待ち時間は
エンマさまの裁きを受けるための黙祷の時間に感じていました。
幼稚園児の僕にとって、遊園地はオトナになるための修行の場所でした。
しかし、修行は、ほどなくして終わりを迎えます。
カラダの成長が進むにつれ、僕はだんだんと乗り物につよくなり
遊園地が好きになっていきました。
そんな経緯で訪れたオトナになってからの夢の国。
大学生の僕は恋に落ちた女性とディズニーランドに行きました。
僕は女性とディズニーランドに行くのはそのときが初めてで、
彼女もまたディズニーランドに男性と行くのは初めてでした(と言っていました)。
それは、もう、ビックリするくらい楽しい時間で、
ミッキーとミニーは天国からの使者に見えましたし、
待ち時間さえ神さまに迎えられるための洗礼の時間に感じました。
ふたりはアトラクションに乗るたび
キャッキャ×2とハートマークがつくような奇声を連発し、
はたからみたらすごくいいカップルでした。
ただ、僕らにはひとつ問題が。
彼女には、長い間お付き合いしている遠距離恋愛中の彼氏がいたのです。
その女性はもともと関東の人ではなかったので、
短大を卒業すると同時に地元に帰ってしまう予定でした。
だから、それは、友達として、カップルになるためのデートではなく、
お別れのためのデートでした。
彼女は、その後、当然のように彼氏のもとに帰っていき、
僕らはそれぞれの人生を歩むことになりました。
僕の淡い恋は終わりました。
ただ、そのデートは、本当に夢のような時間で
ステキな思い出のひとつになりました。
ひょっとしたら、遊園地は大人が夢を見るための場所なのかもしれない、
このデートを通じて、ちょっと思いました。
夢を見るといえば、コラムのタイトルの夢について、
くだらないアプローチでダラダラと書いてきましたが、
そんなコラムもつぎが最終回です。
恐縮ですが、あと一回お付き合いいただければ幸いです。
ちなみに、いま、そんなに眠くありませんが、個人的なルールなので。
と、いうことで。
それでは、みなさん、いい夢を。
おやすみなさい。
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2010-02-26 11:39:23.41072
夢のコラム(3)
東京コピーライターズクラブ
夢のコラム(3)
http://www.tcc.gr.jp/column/column.php
それは、まだあどげない小学生の僕。
引っ越したばかりの新築のわが家で起こりました。
その頃の僕は「ストリートファイター」という格闘テレビゲームにハマっていて
ヒマがあれば兄を誘って対戦していたのですが、兄はとてもゲームがつよく、
僕はよく返り討ちに必殺技の練習台にさせられ、辛酸をナメさせられていました。
-なんとかして兄に一矢報いたい-
相手にもされてないという屈辱感が僕を強くし、僕は練習の過程で、
ハメ技という防ぎようのない不思議な技をあみだしました。
-これで兄に勝てる-
ある日、僕は何食わぬ顔で兄をゲームに誘い、
リュウ(メジャーで扱いやすい空手の達人的キャラクター)を選ぶと、
兄はいつものように余裕の笑みを浮かべながら
ザンギエフ(マイナーで扱いが難しい外人レスラー的キャラクター)を選びました。
-fight!-
戦いがはじまると、僕は覚えたてのハメ技で、兄に何もさせないまま勝つ、
ということを何度も繰り返しました。
それは、もう、とてもすがすがしい気分でゲームをしていると、
兄が突如、コントローラーを投げ捨て、ファミコンを叩きつけ、
ゲームソフトを2階から外に投げ捨てました。
(やべー!温厚な兄貴がキレた。)
※兄は本当に温厚でいつも笑っているような人です。
僕は内心ひや汗をかきながら状況を見守っていると、
兄はそれでも怒りが治まらなかったようで、
僕をザンギエフ顔負けのスリーパーホールドで締め上げてきました。
兄は、当時、中学生でバレーボール部だったため、
小学生の僕が腕力で勝てるわけなどありません。
ただ、僕も黙って負けるほどカワイイ弟でもなかったので、
ジタバタと悪あがきを繰り返しました。
すると、わずかなスキができ、どうにかして脱出することができたので、
僕はリュウになったつもりで後ろ回し蹴りを試みました。
「うりゃー!!」
「ズドン!」(何かに当たる音)
(!?)
大きな孤を描き、兄の顔面を目掛けて放たれた僕のカカトは、
兄を通り過ぎ、新築の壁にめり込みました。
家族の夢だった新築一戸建てに穴が・・・
焦った僕と兄はケンカのことはさておいて、必死にその穴を隠しました。
ふたり協力して穴に粘土を埋め、家具の位置をズラし、
見た目には分からなくしたのですが、そんな付け刃が通用するわけもなく、
ほどなくして母にバレました。
-新築の壁にぽっかりと開いた穴-
母は激しく怒りました。
兄は必死に僕をかばってくれました。
僕は断固として兄のせいだと言いはりました。
その日以来、兄は僕とゲームをしてくれなくなりました…
夢のマイホームに開いた穴は、僕と兄の間にしこりを残しました。
ゲームはリアルばりに痛いのかもしれない、
この一戦で僕はゲームの怖さを知りました。
怖さと言えば、いま、怖ろしいくらい眠いです。
昨日サボったぶん、続けて2日分といきたいところなんですが、ごめんなさい。
と、いうことで。
それでは、みなさん、いい夢を。
おやすみなさい。
-
2010-02-24 00:38:14.632922
夢のコラム(2)
東京コピーライターズクラブ
夢のコラム(2)
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それは、まだピュアな中学生の僕。
友人4人で計画したキャンプの最中に起こりました。
オトナが連れ添わないキャンプは、そのときが初めてで、
とにかくテンションがあがりまくっていた僕は、
思い切ってトランクス一枚だけで寝てみようと決意しました。
当時の僕は、トランクス一枚で寝る、という行為が、
ワイルドなオトナの男がするカッコいい行為、と思いこんでいて、
キャンプにきたからにゃワイルドな男を目指さにゃならんぞ、
と思ったわけです。
寝袋に入り友人と幼稚な話で盛り上がりつつ、
こっそりとトランクス一枚になりながら
「お前らがいま喋ってる男はトランクス一枚のワイルドでオトナな男だぞ。」
とひとり優越感に浸ってました。
そんな、思い上がりと一緒に迎えた翌朝、下腹部に妙な違和感が。
トランクスが水浸しなのです。
(Why?)
(お漏らし?)
いえ、違います。
寝袋は濡れていないので、量的にオシッコでは、ありません。
(じゃ、これはなに?)
僕はその液体がなんなのかを確かめるべく、
恐る恐るトランクスを触ってみました。
(なんじゃ!こりゃ!)
心の中で松田優作バリに叫びつつ、指に引いた糸を見て、理解しました。
(これは、わが子たちだ。)
まさか人生初の夢精が野外とは。
トランクスと寝袋の隙間に入る風が気持ちよかったのか、
窮屈な社会に対するアンチテーゼか。
原因は、きっと複雑です。
だから、ひとつだけメッセージ。
野外をトランクス一枚で寝るときは、
わが子が家を飛び出しちゃわないよう、
ご注意の上、おやすみください。
おやすみくださいといえば、いま、もの凄く眠いです。
と、いうことで。
それでは、みなさん、いい夢を。
おやすみなさい。
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2010-02-23 12:12:59.320467
夢のコラム(1)
東京コピーライターズクラブ
夢のコラム(1)
http://www.tcc.gr.jp/column/column.php
はじめまして。
電通中部支社 兼 CCN運営委員長の尾崎さんからバトンを引き継ぎました、
2009年新人賞受賞の渡邉寛文です。
2月から勤務先が変わりまして、
現在はTYOプロダクションズの企画演出部で働いています。
今日から一週間、よろしくお願いします。
バトンをお渡しいただいた尾崎さんとは昨年のCCN賞授賞式以来、
仲良くさせていただいておりまして、ときどき、ふたりで食事に行ったり、
映画に行ったり、お互いの家に遊びに行ったり、家族を交えて旅行に行ったり、
ボンテージに身を包んでムチとロウソクでイッたりしています(ウソ)
ごめんなさい、くだらないこと書いて。
いや、でも、名古屋の方々にはホントよくしてもらっていて、
連絡を取り合うたびに、あらためて受賞できてよかったな、
ていう気持ちになってます。
(名古屋のみなさま、いつも変わらぬ愛情をありがとうございます。)
ちなみに、僕はCCN賞の授賞式へは、東京からクルマで行きました。
東京-名古屋間のクルマ移動は初めてだったので、
念のため、ミスチルの「終わりなき旅」を熱唱しながら向かったのですが、
4時間弱と意外とあっさり着いてしまいました。
こんなに早く着くなら「意外とあっさり着く旅」を歌っときゃよかったよ、
と悔やみましたが、ミスチルはそんなタイトルの曲を作っていないので、
まぁいいや、と知人先輩宅で床(トコ)につきました。
床(トコ)につくといえば、いま午前4時30分で、すごく眠いです。
と、いうことで。
それでは、みなさん、いい夢を。
おやすみなさい。
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2010-02-21 22:53:15.96553
ヘンなおじさん(中年期)
東京コピーライターズクラブ
ヘンなおじさん(中年期)
http://www.tcc.gr.jp/column/column.php
みなさん、こんにちは。
電通中部支社の尾崎です。
いま39歳で、今年の6月には40歳。
もう立派なおじさんですが、どこかヘン。
そうです、私がヘンなおじさんです。
ヘンなおじさんは、只今ヘンな中年期を送っています。
映画「ハンサム★スーツ」の主人公である大木琢郎(ドランクドラゴンの塚地武雅)は、
考え事をするとき無意識に鼻をホジってしまうのですが、
僕の場合それは、鼻毛を抜くことのようです。
気がつくと、抜いている。
そして僕は、自分で抜いた鼻毛を眺め、思うことがあります。
この世界に、鼻毛の長さを競う文化があれば、
鼻毛の長さで収入が増えたり脚光を浴びたりすることがあれば、
僕は必ず勝ち組に入るはずだと。
それくらい、長い。
このあいだ定規で測ってみたら、15ミリありました。
人生太く、そして長く。
鼻毛に教えられたことです。
長さと同時に自慢なのは、
ていうか全然自慢じゃないですが、
さいきん、白髪なんです。
芸術は、バクハツだ!
鼻毛は、ハクハツだ!
今年40歳。
確実に老いが始まっています。
自分に、ザンネンです。
でもその現実を受け止めなければなりません。
だから、僕は今日も、鼻毛を抜きます。
白髪の鼻毛が抜けたときは、
「アタリ」が出たみたいで、ちょっと嬉しいです。
あの、僕、ヘンですか。
そうです、私がヘンなおじさんです。
だっふんだ。
という、まったくどーでもいいコラムも今回が最終回です。
読んでくださった方が一人でもいるなら、
僕はその人にお礼とお詫びがしたいです。
えー、来週のコラムは、
2009年のTCC新人賞受賞者である、
渡邉寛文くんにお願いしました。
渡邉くんは2009年のCCN賞も受賞している、
いま最もノッてる男です。
紹介の仕方が古クサイですが、新しいコラムを書いてくれると思います。
それでは渡邉くん、よろしくお願いします!
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せっかくだから広告します
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CCN(コピーライターズクラブ名古屋)は、
TCCと同じくらい、いま最もノッてるコピーライターズクラブです。
CCN賞の応募や、審査や、授賞パーティーや、年鑑や、新年会などを通して、
みなさん及びみなさんが作った広告に出会えることを、
心から楽しみにしています。
TCCと、そしてどうか、CCNを。
www.ccn.gr.jp
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2010-02-21 21:39:57.864085
ヘンなおじさん(青年期)
東京コピーライターズクラブ
ヘンなおじさん(青年期)
http://www.tcc.gr.jp/column/column.php
みなさん、こんにちは。
電通中部支社の尾崎です。
いま39歳で、今年の6月には40歳。
もう立派なおじさんですが、どこかヘン。
そうです、私がヘンなおじさんです。
ヘンなおじさんは、ヘンな青年期を送っていました。
ニキビ。
ふつうニキビって、10代の思春期、顔にできますよね。
でも僕は、20代の青年期、こともあろうにお尻にできました。
お尻のいちばん盛り上がった頂上部分に、おっきいヤツが一個。
座ると痛いんです。
けっこうたくさん膿が溜まっているのが、触った感じでわかります。
ちなみにウィキペディアには「ニキビ」について、
このように記述されています。
---ニキビは、毛穴(毛包)がホルモンと細菌と皮脂の相互作用によって
炎症を起こすことでできる。従って、皮脂が多く分泌される部位にできやすい---
僕のお尻の柔らかい部分は、
ホルモンと細菌と皮脂で溢れていたのですね。
ショックです。
コイツを潰してやる。
僕は、母の嫁入り道具である三面鏡に自分のお尻を突き出し、
ブラックジャックばりの鋭い視線で、
自らのお尻を観察しました。
これは普段の日常生活では、なかなか無いことです。
自分の○○○の穴や○○○のスジが、なんだか他人のものに見えて、
ちょっとドキドキしました。
我ながら、完全に変態行為です。
いつまでも自分のお尻に浸っている場合ではありません。
僕はこの「尻ニキビ」に対し、
自らの手でオペを行わなくてはなりません。
オペの方法ですが、針やナイフは痛みを伴いそうなので、やめました。
単純に、思いっきり強く、押し潰す。
どんなこともシンプルに限ります。
さっきよりも強く、グッと鏡にお尻を突き出して。
右手の親指と人差し指で、尻ニキビをロックオン。
その付近には、先ほどじっくり観察した○○○や○○○がありますが、
再びそちらに気を取られそうになりますが、
今は集中しなくてはなりません。
グッ!
と同時に、
ピッ!
サスペンス映画で、鏡に血が「ピッ」て付くシーンがあるじゃないですか。
あんな感じでしたね。一直線上に、ピッて。
僕の場合、血じゃなくて、膿でしたけど。
それを皮切りに、出るわ出るわ。
押せば押すだけ、出る出る。
ジャンジャン便が出るときの、あの感じ。
カラダが軽くなっていくような、あの感じ。
僕はオペに成功しました。
尻ニキビからは最終的に、これは大袈裟ではなく、
指にこんもり乗るくらいの膿が出ました。
そして、充実感からか、僕はあることを思いつきました。
「ニキビの中身(膿)は皮脂、それってつまりアブラじゃね?
だったらコレ、燃えんじゃね?」
僕は、自分の尻から出た大量の膿に、ライターで火を付けました。
困難なオペは偉大な実験へと変わったのです。
ジリリ・・・
まあ、その。
地味な音が少ししただけで。
燃えるわけも無くて。
あーオレ何やってんだー?みたいになって。
そのニキビの跡をしばらく爪でイジっていたら、
いつの間にかホクロみたいになりました。
あの、僕、ヘンですか。
そうです、私がヘンなおじさんです。
だっふんだ。
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せっかくだから広告します
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CCN(コピーライターズクラブ名古屋)は、
今年も4月に会員を募集する予定です。
CCN会員になる資格は、年会費6000円を納めること。
会員になると、CCN年鑑がタダでもらえたり、
CCN賞に会員価格で応募できたりと、嬉しい人には嬉しい特典がつきます。
また近いうちにホームページ上でご案内いたしますので、
どうぞよろしくお願いいたします。
www.ccn.gr.jp
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2010-02-18 02:07:36.67344
ヘンなおじさん(思春期)
東京コピーライターズクラブ
ヘンなおじさん(思春期)
http://www.tcc.gr.jp/column/column.php
みなさん、こんにちは。
電通中部支社の尾崎です。
いま39歳で、今年の6月には40歳。
もう立派なおじさんですが、どこかヘン。
そうです、私がヘンなおじさんです。
ヘンなおじさんは、ヘンな思春期を送っていました。
あれは中学2年生のとき。
僕は今で言う引きこもりの状態で、
学校にも行かず毎日部屋でゴロゴロしていました。
ちょうど時期を同じくして家のベランダが腐ってしまい、
(当時のベランダは床の部分が木でできていたのです)
新しいベランダに改修するため、
ふたりの大工さんが毎日家にやってきました。
大工さんたちは、かなりのスモーカーでした。
母が用意したガラスの灰皿は、
いつも吸い殻でいっぱいになりました。
僕はその吸い殻を眺めては、
「タバコってどんな味がするんだろう」
と、ゴロゴロしながら興味を抱いていました。
ここで、一般的な不良なら、おそらく自分でタバコを買いに行くでしょう。
でも僕に、その行動力はありませんでした。
まあ、引きこもっていたわけだし。
でも思春期だし。
ちょっと吸ってみたいじゃないですか。
でも買いにいけないじゃないですか。
だからって大工さんにもらうわけにもいかないじゃないですか。
ある日の夕方。
大工さんたちは帰り、
母は夕食の買い物に出かけ、
家の中には僕一人。
そして目の前には、山盛りの吸い殻・・・。
シュッ。
僕は火を付けました。
僕は煙を吸い込みました。
そして僕は、ゲッホゲッホとむせました。
初めてのタバコは、大工さんのシケモク。
初めてのキッスは、大工さんとの間接キッス。
なんていうか、まさに、ほろ苦い思い出。
あの、僕、ヘンですか。
そうです、私がヘンなおじさんです。
だっふんだ。
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せっかくだから広告します
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CCN(コピーライターズクラブ名古屋)は、
今年も5月に審査会を行う予定です。
審査会の日時や会場の手配が整い次第、
ホームページ上でみなさまご案内いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
www.ccn.gr.jp